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新潟県新潟市西蒲区03。

2008/1/4 00:00
2008/01/04

 昼過ぎから始動。今日も独りで出発。十四時も過ぎてるんで、どれだけ観光できるかわからないが。昨日までに行けなくて心残りだったところへ行けるかどうか。というわけで、三日続けて越後七浦シーサイドライン、旧巻町へ。

(1)この三日間何度か往復した北国街道、目についていた寺があった。観光化されてないし、真宗大谷派らしいから寄ろうかどうか迷っていた。迷ったら行った方が後悔しないと、思い切って寄ることにした、景清寺。
 越後観音の霊場ということは知っていたので、朱印が目的。庫裏を尋ねるとおばあさんが出てこられた。お願いすると書いてくれるといい、その間本堂を参られたらということだった。朱印を書きながらか、観音様はその厨子の中にいらっしゃいますと声だけ聞こえてくる。なるほど、秘仏のようだ。当然、見えない。書き終えられ丁重に頂き、暫く話を伺う。
 まずは、観音様は数センチほどのほんの小さなもので、寺号の通り平影清という武将に由来するものだそうだ。本当は千手観音らしいのだが、何しろ小さいからか、昔は馬頭観音と思われていたようで、近隣の人もそのように呼んでいたとか。年に一度の御開帳日には遠くからも人々が訪れるとのこと。そのお姿を写真にしたものがあり、持っていると交通安全に良いとのこと。長いこと話し込んでたら、最後に頂けてしまった。私のような流れ者が頂いてしまって、何だか申し訳ない。
 おばあさんはどうやら正式な住職ではないそうだ。先代は既に亡くなっており、どなたも後を継がなかったもので、無住職の寺として存続しているそうだ。少ない檀家の法事には親戚のお坊さんが来てくれるとのこと。貧乏寺と笑っておられた。こんな状況だが、無住の廃寺ではなく庫裏にはご家族が住んでらっしゃるので、越後観音の札所として応対してくれているらしい。浄土真宗で札所というのは聞いたことないと言うと、おばあさんも、そうでしょう、よく皆さん驚かれますと。色々面白い話を伺えた。丁重に礼を言って去る。

(2)次は三根山藩庁跡。といっても、広い公園にいくらか石碑があるのみで、藩庁舎自体の遺構はないようだ。米百俵で有名になった長岡藩。その米百俵を贈ったのが、支藩であるこの三根山藩ということだ。米百俵の立派な碑もある。例の総理よりずっと前につくられたもののようだ。

(3)すぐ向かいには、藩校の入徳館跡がある。跡といっても、現在は野外研修場場として利用されているようだ。建物は元々入徳館小学校だったものだろう。とりあえず誰も居なかった。また、新潟市指定天然記念物の「旧入徳館小のたぶの木」がある。

(4)藩庁跡の案内板には、他に縁の地として三根山神社というのが近くにあるらしく行ってみる。着いてみると、三根山神社はあるのだが無人のようだ。すぐ隣に、峰岡大神宮という小さいながらも立派な神社もある。こちらは神職の方の住まいがあるようで、訪ねてみた。女性の方が出てこられ、快くご朱印に応じてくれた。この峰岡大神宮は、この地方の伊勢神宮の代理として機能を果たしているとのこと。隣の三根山神社は三根山藩の神社とのことで、一緒に管理されているようで、そのご朱印も一緒に頂くことができた。
 狭い敷地ながら庭園や立派な舞殿もあり風格を感じさせる。

(5)すぐ隣の三根山神社。こちらの方が敷地は広いのだが、特に説明書きもないので、何も知らないと普通の神社と思ってしまう。ただ、敷地内で丘のように盛り上がっていて木が茂っている部分があり、何かの跡なのかもしれない。既に16時半近くになって暗くなりつつもあり、登りはしなかった。三根山藩牧野家との由縁はなんだったかよくわからずじまい。

(6)では、いよいよと、新潟市西蒲区役所へ向かう。三日間の観光記念に、広域交付住民票を発行してもらおうと。窓口に尋ねると、今日は新潟市全域でメンテナンス中で、住基ネットを落としているとのこと。申し訳ないが、また月曜以降にお越し下さいと、申請用紙だけ渡される。次に来られるのはいつになるやら。がっかりして去る。

 日も暮れて戻る。短い時間で朱印は三つ。満足。

新潟県新潟市西蒲区02。

2008/1/3 00:00
2008/01/03

 引き続き新潟県新潟市よりの出発。今日は昨日朱印帳を預けた寺に受け取りに行かなければならない。また一人で外出しようかと思っていたら、妻と義母がついてくるという。その方面へ出かけるならついでに、弥彦神社へ行きたいとのこと。白山神社の二年参りで初詣は済んでいるのだが、古い札とかを焼きたいとのこと。

(1)昨日、越後七浦シーサイドラインの奇岩を観たのだが、帰って調べたところ、どうも一つ雷岩というのを見落としていたらしい。というわけで、昨日と同じルートをたどる。なるほど、雷岩の案内板を見つけることができたが、他の岩と違って、案内板は一方向からしか、即ち、北上する方向からしか見えない。道理で見落としたわけだ。
 昨日岸の題目を観るために停めた場所になんとか停めて歩いて近づく。妻達は車中で待っているという。あった。雷岩というが、岩という感じではなく、岩肌に穴が開いて、波が打ち寄せているという感じだ。名前の由来は、その際に起きる音が雷鳴に似ているかららしい。うーん、そこまで凄い音はしなかった気がする。

(2)続いて寺を目指す途中に、清水が湧いているらしい。地図に載っている。かなり大まかなようで、近辺を何度か往復、わき道にそれてようやく見つける。弘法清水。地元の方々に大切にされているようで、綺麗に整備されている。
 妻と義母も降りたものの、そのままでは飲めないとの表示にがっかり。私は一口だけ頂く。すぐに地元の方らしき人々が水を汲みにやってくる。大きなタンクを持参している。声をかけられたので少し話す。やはり、飲み物に使うと味が違うと。違う気がすると。なんだか半信半疑でも、気分の問題で汲みに来ているという感じで微笑ましかった。

(3)すぐ近く、昨日「ごりんの滝」という案内があったのを見つけていたので向かう。車で山の中へ入っていくのだが住宅分譲地みたいな所にでて暫くうろつく。雪に覆われた小道を発見、多分これかと私だけで降りて行く。すぐに案内票を見つけ、階段を下る。これまたすぐに滝を観られる。あまり大きな滝ではないが、いかにも滝らしい形、上部の岩など趣がある。惜しいのは、下部にある、黄色いチェーン。なんのためか。

(4)滝からすぐ近く、滝と共に案内が出ているのが、ごりん石。由来はここらに松尾芭蕉が立ち寄り句を残したから、誰かが大きな岩に彫ったということらしい。いつの時代のものかが案内票ではよくわからない。彫られた文字は風化がすすんでいるが、確かに何か彫ってあるのはわかる。

(5)また近くに清水があると地図にある。これは案内表示もあり、割と簡単にたどりつけた。平沢清水とある。かつては北国街道の名所と謳われ、また、石器時代から使われているのだろうと推測している。近年、生活用水に引水したことにより、湧出量が減っていると。見た目は透き通っており、かなり綺麗なんだが、ここもそのままでは飲むなとのこと。

(6)まだまだこの近辺には観てみたいところがあるのだが、約束の正午になったので、このへんで諦め、昨日朱印帳を預けた一山寺へ伺う。妻たちは真昼なのに何だかうとうとしてるので、車においておく。
 庫裏を訪ねると、昨日の女性が出てこられる。礼を言って朱印帳を受け取る。暫く話をしていると、奥から住職らしき男性も出てこられ、尋ねられたまま、三重から来ただの、菩提寺という案内があるから寄ってみただの、暫く話して辞す。
(7)さて、墓地へ。越後長岡藩の支藩、三根山藩牧野家の墓へ。初代から十二代までの墓がある。十一代だけは青山墓地、十三、十四代は多摩墓地とある。もっとも、十四代は平成六年没とあるので、今後こちらに墓が増えることはないようだ。どの墓も、これまで見てきた菩提寺の殿様方の墓より随分小さい。が、格式は感じられるつくり。

(8)ようやく主目的の弥彦神社へ。が、渋滞している。さすがは越後の一宮、市内の白山神社を抑えて県下一の参拝者数は伊達じゃない。なんとか眠気をこらえつつ、誘導された弥彦競輪場の駐車場へ。これまで何度も弥彦神社には来たが、こんなに遠いところからは初めて。
 ようやく妻達も起きて参拝へ。参道の出店でこんにゃくを買って食べたり、人の流れについていく。境内にも出店はたくさん出ており、天候があまりよくないながらも参拝客は多い。やっとのことで、古い札などを燃やすところへ。相変わらず、その火に、竹竿のさきにするめを吊るしてあぶっている人多数。毎年見る度に驚かされるが、この新潟県だけの風習なのだろうか。
 あとは本殿へ参拝、おみくじひいたり、破魔矢買ったりして一通り終わり。

(9)ちょうど雨が降ってきて、少し休みたいとのことで、いつも行きたいと思っていてなかなか行けなかった、神社前にある喫茶店へ初めて入る。お土産屋の二階、そんなに広くない店内、すぐに座れたが、すぐに待ち客ができた。
 抹茶とシフォンケーキが好みということもあり、コーヒーがつく抹茶シフォンケーキセットを。あまり甘くなく、コーヒーも美味しく満足。最初つぶあんが付いてきた時にはどうしようかと思った。
 ここで妻が偶然友人と会った。広い県内なのに世間は狭い。
 階下は土産屋。暫く見る。ここには看板猫がいる。普段は通路に丸くなってるがこの日は寒いのか、レジカウンターの奥、電気ストーブの前で丸まっていた。

(10)帰りは弥彦神社の鹿園前を通って駐車場へ向かう。まだ雨も降っているので、雨にうたれている鹿達は泥にもまみれて寒そうで哀れ。奈良で見る鹿よりここのは小さいことに気付く。

(11)帰り道、食事をとってないことに気付き、適当にラーメン屋へ。スープは背油が入っているがすっきり、つるつるとした柔らかめの平たい縮れ麺、ややしょっぱめだが美味しかった。餃子はかなり大きめ、焦げめがついており肉はたっぷり。総合満足度は四つ星。

 この後、妻や義母の希望でカラオケ行ったり、映画観たりはしたが旅としてはここまでで。

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新潟県新潟市西蒲区01。

2008/1/2 00:00
2008/01/02

 新潟県は新潟市より。暇に耐えられなくなり、一人で外出。遅い始動の昼前。なんとなく旧巻町の方面へ行こうと思い立つ。

(1)ちょうど昼なので、ガイドブックに乗っているラーメン屋に寄る。グリーンいわさきという変わった名前の店だが、入るとすぐ靴を脱ぐラーメン屋も珍しい。結論だけ言えば、ラーメンも餃子も美味かった。特にギョーザは、大きくて中にはスープがたっぷり入っている。総合満足度四つ星。最初空いていた店内も、時間が経つにつれ満席に。

(2)この辺りのドライブで好きな、R402の越後七浦シーサイドラインへ。すぐに、妙光寺という案内看板が目に入り、行ってみる。
 思ったより広い寺で、由緒ある寺だった。山門は古いが本堂などの建物はかなり新しく、作りも今風。庫裏らしきところには若いお坊さんがいらしたので、朱印を頼む。最初、既に書いてあるものでいいかと言われたのだが、できるだけ、朱印帳に書いたものが欲しいと駄々をこねると、住職らしき方が接客中らしかったのにも関わらず、出てきてくれたので恐縮する。嫌な顔一つせず、少し世間話をしつつ書いて頂く。正月だからか、お土産まで頂いた。
 簡単に言うと、日蓮が佐渡に流される際に、まず近くのこの海岸に漂着し、それに因んだ旧跡が色々でき、さらにそれらに因んで、この寺ができたということで大まかにはあってると思う。勿論日蓮宗。
 庫裏内から本堂まで、そのまま拝観できるというので拝観。本当に新しくてお寺という雰囲気とはかなり違う。数々の仏、本尊に参拝。
(3)広い境内の奥、新しい共同墓地を越えると、日蓮がここらに漂着した際に岩に書きのこしたと言われるものもまつられている。「岩の題目」というらしい。

(4)寺を後にし、少し離れた場所にある、岩屋という旧跡へ。ここは前述の日蓮が住みついていた七面大蛇を退治というか、帰順させたと伝わるところ。寺からそれほど遠くはないものの、誰も居ないだろうと思ったら先客が居て驚く。参拝客かもしれない。
 岩穴はなかなかの迫力。内部は本当に暗い。はっきり言えば不気味。さらに賽の河原のように積まれた石がそれを加速させる。奥には石仏がいくつかまつられている。不気味だが、霊地なんだから、まあ、大丈夫だろうということで突入していたが、後で知ったことでは、ここは有数の心霊スポットらしかった。確かに不気味ではあったが、廃屋とかならともかく、なんだか腑に落ちない。

(5)さらにシーサイドラインを進む。ここを通る際、前々からずっと気になっていたものがあった。車を停め、そこまで歩いていった。日蓮の像だった。なんか仏像のようなものがあるなという認識だった。で、なんでこれがここにあるかというと、ここが「岸の題目」がある場所だそうだ。要するに、日蓮が漂着した場所そのもの。図らずして、岩の題目に続き、岸の題目の旧跡を訪れたことになった。他に、伝説では「波の題目」という荒れた波の上に書いたという題目があるらしいのだが、波なんで、旧跡としては存在していないんだろう。多分。
 補足するが、日蓮像が置かれている場所はシーサイドライン沿いで、海面からは結構高い。道路が今の場所に通ったときに作られたようで、当の題目は、道路のずっと下の岸にあるそうだが、とても見に行けるものではないと思う。ずっと下にある、昔の道路だか遊歩道は崩壊していた。

(6)さらにシーサイドラインを走る。走っていると気が付くのだが、「○○岩→」というように、数度案内板が立っている。だが、ここを走る車は結構なスピードで流れており、また、路駐もできるような状況ではないので、とてもゆっくり見ることができない。この日、ようやく本腰をいれてゆっくり鑑賞することにする。
 適当な駐車スペースをなんとかみつけ、歩いていく。まずはくぐり岩。なるほど、海水が岩をくぐっている。岩というか、崎という感じだが。

(7)次に立岩。これは車からでも横目に見れないこともない。じっくり眺めるが、確かに変わった岩といえばそうなんだが、もう一つ、由来かなんかが欲しい。

(8)最後は俵岩。これには困った。どれを指しているのかわからない。先客でカメラマンが居たのだが、これは絶壁の鳥類でも撮ってるらしく、俵岩を撮っているのではないようだった。なので、尋ねもしなかった。
 どうやら、これかと思える、俵のような岩があったので撮る。間違ってるかもしれない。正しい俵岩をご存知の方、是非教えて欲しい。

(9)地図をみると、近くの集落に、文化財指定されている住宅があるらしい。見に行く。
 篠原幸三郎家住宅というようだ。そこまで行くのに、集落の細い道でちょっと苦労した。2号ポストがありそうな雰囲気だったが見つけられず。
 肝心の住宅は、茅葺の古い民家。今は誰も住んでいないらしい。残念ながら中には入れなかった。入れる時があるのかどうかはわからない。近所のおじいさんにちょっと不審な目を向けられたが気にしないことにする。

(10)シーサイドラインを離れ、集落内を走っていると、ふと説明板のある神社があるのに気付く。寄ってみる。船山神社といい、弥彦神社の境外摂社らしい。祭神は弥彦神社の主神の孫にあたると。由緒ある神社だが小さく無人。当然朱印もなし。

(11)すぐ近くに、三根山藩主の菩提寺があるという案内板を目にする。行ってみる。一山寺という古そうなお寺。庫裏を訪ねると女性が出てこられる。あいにくご住職は留守とのこと。朱印帳を預からせてもらえれば、朱印は書けるとのこと。暫く悩んだが、朱印帳を預かってもらうことにする。明日もどうせ暇なので、明日の昼頃取りにくると。暫く世間話をし、親切に応対してもらえ良かった。朱印帳を預けるケースは初。

(12)16時、そろそろ観光も限界。温泉にでも入ろうと、地図上を探す。湯之腰温泉というのが近くにあるようなので行ってみる。
 近くになっても案内がないので、通り過ぎてしまった。引き返し、注意深く、入口と思われる林道に入る。湯之腰温泉の方角を示す案内表示を見つける。さらに奥へ行ってみると、車がそれ以上進めない場所にでる。周りにはなんにもない。なんにもないというか、瓦礫、昔、建物があったんだろうなという跡はあった。場所はまず間違ってないので、廃業されてしまったようだ(後で調べると、やっぱり廃業されているようだった。が、なぜか立派なHPが今もある。謎…)。

(13)がっかりして、別の温泉へ。福寿温泉、じょんのび館。ここはかなり大きな施設で、駐車場もいっぱい。ここは、過去一度来たことがあるのだが、その時の同行者、妻と義母が、人の多い温泉は嫌だと却下されてしまい、入ることができなかった。私としては、駐車場の車の数なんて、施設規模もあるし、実際風呂場に居る人数が推測できるとは思えないのだが。
 ともかく、私一人なんで躊躇せず入ることに。値段で躊躇しそうになったが。結果、結構満足できた。風呂場もそれなりに広いんで、混雑感は全くない。脱衣所だけちょっと窮屈だったが。風呂や、滅多に入らないサウナも良かったし、驚くほど遠くへ歩かされる露天風呂も良かった。充分のんびりする。ただ、やっぱり料金が高めか。最近安いとこしか行ってないので余計にそう思うのかもしれない。

 駐車場にでて18時。妻から何度か着信があったようだ。掛けなおすと、食事にでかけることになったから、帰ってこいと。出かけるときに、何時に帰ってきても構わないというから、私はまだこれからコーヒーでも飲んで、そこの評判のケーキでも土産に買って、ラーメン食べて帰ればいいかぐらいに思っていたので、ちょっとがっかりしつつ、旅を終えることとなった。それでも、昼から動いた割には結構満足できた。朝からだらだらせず、とっとと動けば良かった。
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