タグ: 朱印未掲載 を抽出しています。
Total: 4

福井県吉田郡永平寺町~福井市02。

2009/4/10 23:59
2009/04/10

 二日目。今日の目的は、「桜の名木スタンプラリー」をして色々桜を見て完了すること。

(1)まずは遅い朝食として、越前そばを食べることにする。なかなか10時くらいに開いているところがないので、ネットで調べて行く。店内に入ると同時に元気よくいらっしゃいませと迎えられる。電気がついてなかったから最初の客かもしれない。注文をとりにきた女性店員は、うちの子を見て可愛いと言って、そこから暫く子供に関して雑談。昨日に引き続き、歩きだしたらもう、もっと大変と言われる。
 おろしそば、冷たくて美味しい。大根おろしは辛くなく、どちらかと言えば甘め。言えばくれたのかもしれないが、そば湯はでなかった。なんにしろ、接客も暖かくて気持ち良かった。

(2)最初の目的地、興行寺。浄土真宗っぽい大きな本堂、広い境内、駐車場。ここの桜は庭園にあり、この時期は一般開放されているという。庭園に寺の人が居るかもしれないと少し行ってみるが、写真を撮っている観光客が三人ほどいるだけだった。結局、庫裏を訪ね、女性が応対してくれた。驚いたことに、朱印が頂けるとのことで、お願いする。浄土真宗で、しかも本願寺派で朱印を頂けるところは珍しいため。パンフレットも頂け、山号などをお聞きすると、少し詳しい話もして頂けた。詳しくは省くが、浄土真宗の五代目門主の三男が開山とのこと。次男は藤島の超勝寺の開山と。藤島の超勝寺とは、うちの母方の菩提寺でよく行くので、縁を感じつつ驚く。最後に、華の蔵と呼ばれる資料館について聞くと、「普段から常時開放しているわけではないが、言ってくれればすぐに開けます」とのこと。桜を見てから是非見せてほしいとお願いし、快諾して頂く。非常に丁寧に応対して頂け嬉しかった。
 一旦車に戻り、子の世話をしていると、先ほど庭園に居た五十代くらいの男性、立派なカメラをしまって帰るようだ。新潟ナンバーに驚いたようで、ちょっと話しかけられる。実際は三重から来たというと、つい最近、奈良の吉野の桜を撮りに行ったと聞き、有益な情報を教えてくれた。いつか行ってみたいなあという気持ちが高まった。
 本堂前で「荒川興行寺のシダレザクラ」のスタンプを押す。本堂を参拝しようと思ったが、残念ながら戸は開かなかった。
 いよいよ庭園、桜。風が吹く度、桜吹雪。池に散り、美しい。庭園の雰囲気に見事にあっている。これはいいものが見られた。順路があり、庭園を一周できるようになっている。庭園の外にあった参拝名簿に記帳。記帳台、ものすごく暑く、長々と感想なんか書いていられない。今日は昨日以上に暑い日になりそうだ。
 華の蔵、インターホンで呼んで開けてもらう。その際、桜はもうかなり散っているところだということをお聞きした。充分綺麗だったので、そんなふうには思わなかった。入館料に一人三百円。まずはシアターに案内され、そこで寺の簡単歴史や、イメージ映像のようなCG集を見る。その後は自由に観覧。二階は仏像の収集、各国の古い仏像があり、それぞれ国の個性がみられて面白かった。一階は、福井における浄土真宗、蓮如の話など。まつわる昔話のビデオなどもあり。ちょうど良いくらいの量だった。ちなみに、中はびっくりするほど涼しい。むしろ、寒いの一歩手前。今日が特に暖かく感じるため、気温差は結構あるのでは。見終わり、インターホンでお礼を言って去る。

(3)次の目的地、一乗谷朝倉氏遺跡。かつての永平寺有料道路を通った方が早そうなので通る。というか、ここが無料開放されてるのは、昨晩初めて知った。私の地図ではもちろん有料道路表示。最も、永平寺まで列車が通ってるような地図なので仕方ない。以前永平寺に来た時にはおそらく有料だったと思う。とにかく、ありがたく、無料通行させて頂く。
 どうでもいいが、webで検索すると、「本日営業中!」と書いてある、永平寺有料道路の公式ページに行けるのはどうかと思う。もちろん、トップページからはたどりつけないのだが。まあ、なくなったらなくなったで寂しいけども。

(4)一乗谷朝倉氏遺跡に。さすが、有名観光地だけあって観光客もまあまあ多い。復元町並の入口の近くに「朝倉氏遺跡唐門の薄墨桜」のスタンプを押す。これで、めでたく全て揃った。
 少し歩いて唐門、薄墨桜へ。入ろうと思ったら、テレビ局が居る。福井放送のようだ。レポーターが練習していたり、シンセサイザー、横笛、鼓を演奏する人々など、中継に向けてか練習している。が、特に立ち入りを規制されているわけではないので、隙をみて中に入る。ここの桜は、これまで見てきた桜とはちょっと趣が違って、門の外から、門とセットで見ることにより映えるように感じた。多分、このラリーを主催している団体は、そもそもここ、朝倉氏遺跡で行われる、植樹祭のための広報活動の一つのようなので、ここに来てもらうのが真の目標なんだろうなーと思ってみたり。
 もう16時過ぎ、屋敷跡内部や近辺をじっくり見たいがとても見切られない。妻が明日、また来てゆっくり見てもいいというので、写真だけ撮って去ることとする。ついでなんで、リハーサルをやってるテレビ中継を少し見てから帰る。声がよく聞こえるんだが、レポーターがしゃべるセリフって固定してないんだな、言うたびに若干変わってるなーと感心。

(5)18時にホテルに戻り、秋吉で焼き鶏が食べたいという妻に従い、歩いて行けそうな、NEW秋吉ワシントン店へ、福井城の外周の遊歩道を歩いて行く。
 途中、実はこの旅で見れたらと期待していた、福井城の復元、御廊下橋を見る。かつて、二回ほど福井城跡は訪れたことがあるが、この御廊下橋は復元されたばかり、初めて見る。私は、御廊下橋復元の報を聞いた時、城跡に県庁なんかを建ててしまってるような福井県が、こんなふうに復元の動きが出ていることに驚きつつ、大変喜んだ記憶がある。次は櫓の復元を目指しているらしいがぜひとも頑張って、四層六階の立派な天守閣まで再現して欲しい。生きてる内に。
 御廊下橋、往復する。実は一番驚いたのは、スムーズに開閉する、窓。

(6)NEW秋吉ワシントン店へ着くが様子がおかしい。尋ねると、予約でほとんど埋まっていると。諦める。諦めて、妻は帰ろうとした、もう少し歩けば、片町にも店舗があったはずと、行ってみることに。

(7)秋吉片町店。すでに満席のようで並んでる。少し待ってみる。子連れだったもので、店長らしき男性がしきりに気を遣ってくれる。座敷がいいだろうという風にすすめられていたが、結局空きそうにないので、カウンターでも良いかと。店員が既に座っていた客を少しずらしてくれ、カウンターの角の席に。若干、子を見ながらでも食べやすくなった。
 焼き鳥、安くて美味しい。そして、なぜか、ここのスーパードライはまずくない。だが、忙しいせいか、二度ほどオーダーが通ってなかった。まあ、いいけども。店長らしき男性はその後もうちの子について、「これだけ騒がしくても泣かないねー」などと愛想良く話しかけてくれた。どれだけ食べても満腹にならない気がする。ビールも普段は飲まない、三杯ほど飲んだ時点で出ることに。途中、子が、気づかぬうちに隣の客にちょっと触れたようで、それをきっかけに、嫌がるどころか、隣の男女客は子を可愛がって帰って行ったということもあった。どこでもだれでも可愛がってくれる時期って凄いなーと感心。
 食べてる間に気づいたこと。回転が早い。居酒屋という感覚より、ファーストフードの感覚に近いのかもしれない。客層は老若男女、小学生ぐらいの子連れも割とよくみた。一人の串消費量がすごい。平気で何十本になっている。

(8)二人して一致した意見、満腹じゃないから何か食べてもいいか、いや、むしろ、締めにに何か食べたかった。となると、ここはヨーロッパ軒の至近、昨日行ったばかりだが行ってみる。開いていた。入る。
 カツ丼、大盛りいけるんじゃないかという気になる。ソースをご飯にかけないように、大盛りを頼む。夜でも接客がしっかりしており、何も言わずとも子供用の取り皿を持ってきてくれる。あっという間に食べ終え、終了。

(9)歩いてホテルまで戻る。途中ローソンに寄り、さくら通りを帰る。その名の通り、夜桜が美しかった。

(10)ホテルに着く直前、福井城の天守台辺りがライトアップしていることに気付く。人も居るらしいことに驚き。

(11)宿に着き、日付が変わる頃には寝てしまう。

長崎県南島原市01。

2008/3/11 23:59
2008/03/11

(1)二日目。朝は七時過ぎにホテルを出る。とりあえず、昨日行ったところまで向かうことになる。深江駅から布津新田駅の間くらいまで。
(2)途中、自転車を借りている小涌園へ寄る。やはり、ギアチェンジができないというのは不便なので、変えてもらう。変えてもらい、今度は試乗をする。大丈夫そうだ。
 ポストを撮りながら南へ南へと向かう。途中のコンビニで朝食は済ませる。

(3)08:35頃、深江諏訪神社へ。昨日朱印が頂けなかったので、再度訪問してみる。今度は神職の男性が出てこられた。暫く待ったのち、無事に朱印を頂くことができた。やはり昨日の夕方は留守にしていたとのこと。礼を言って去った後、境内をうろうろしていると、先ほど応対してくれていた男性は車でどこかへ出かけた。出発前の忙しい時に朱印を書いてもらって申し訳なかったなと思いつつ、出発前に頂くことができて良かったと、ほっとした。

(4)踏切を渡りながら沿線を行く。深江駅を過ぎたあたり、ちょうど小さな橋がかかっているところに来た。列車が来たので撮影。あまり良い出来ではない感じだ。特に、珍しいっぽい列車の方が完全に失敗。

(5)09:37、布津新田駅。集落の中にある駅だが、通りには何の案内もなかった。駅名も駅前から見てはわからず、ホームにある駅名票のみ。駅前は舗装されていない。駅反対側は高い。片面ホームと屋根つきの待合所がある簡単なつくり。
 鉄道ファンと思われる老年の男性が私の後に来る。古風なカメラを持っている。私より先に去って行った。

(6)10:35、線路から少し離れて幹線沿いにある、布津郵便局へ。旅行貯金時、局員と少し会話、今、廃線絡みで旅行貯金の人も多いんですよと。尋ねられるまま三重県から来たと言うと驚かれる。先客で居た、四十代女性もいつの間にか会話に加わって、列車がなくなると子供が困ると言った話や、私がこの後、ずっと加津佐まで目指すというと、いいなーついていきたいと、旅をしたそうにしていた。和やかな雰囲気で会話が弾む。風景印は観光地じゃないからとなかった。去り際にはお気をつけてと送り出してもらう。

(7)11:10、布津駅。ここも集落の中にあり、行き違いのできる広い駅。昔は有人駅だったような感じだ。トイレも待合室内に面してあるのだが、あまり、良い状態ではない。駅ノートが設定されており、地元の小学生が島鉄への思いを書いてほしいと張り紙がしてあった。
 ちょうど列車が来て、数人の学生が乗った。

(8)12:44。短いトンネルかと思ったら、単なる橋だった。それでも、ここは有名な撮影スポットになっているのか、橋の上には鉄道ファンらしき人影が二人ほど。もうすぐ列車が来るようで、鉄道ファンは光がどうとかこうとか話してる。すぐに列車はきた。私も適当に撮影。ファン二人は私に声をかけてくれ、少し会話した。だが、私は写真や車体に詳しいわけではないので、そこまで深い話にはならなかった。
 いつのまにか、鉄道ファンではないような、六十代くらいの男性が現れ、私に声をかける。すぐそこの民家に住んでいる方らしく、この橋のあたりはゴミだらけになって非常に困っていると。掃除したいのだが、鉄道会社に止められてるし、鉄道会社も頻繁には掃除してくれないので困っていると。それを鉄道ファンのせいにするっていうわけではなく、逆に、みんながここを撮りに来るのに、ゴミだらけっていうのが気になるといったところのようだ。昼間は乗客も全然乗っていないし、廃線は残念だがやむなしというような話をお聞きすることができた。
 住民の方と話し終え、鉄道ファン二人は次の列車を待ってるようだった。一言挨拶して去る。先を急ぐ。

(9)13:09、堂崎郵便局。新しそうな局。非常に丁寧な五十代くらいの男性局員が応対してくれた。局名印を見せてくれと言っても戸惑われず反応が素早い。風景印はないんですよと奥の方にいた局長らしき方とほぼ同時に言われる。去り際には二人とも立ち上がって送り出してくれた。

(10)13:36、堂崎駅。集落の中にある。海が近いからなのか、駅前のコンクリートに海藻が干しているからか、磯の香りが強い。昔は小学校の跡地だったらしく、堂崎尋常小学校跡という碑がたっている。ホームは片面だけ、向い側は崖になっている。待合所は屋根があるだけ。自転車置き場は広く、トイレもあるが、簡単なつくりだ。中は見ていない。
 駅を一通り撮り終え、13:44。先へ進もうとすると、駅前に海藻を干していた主らしい、おじいさんに声をかけられる。そこから島原鉄道のみならず、さまざまな話をきけた。先は急いでるのだが、こういうのも旅の一つと、聴き続ける。結構な御年だったと思うのだが、お元気な方で、この干してある海藻も海でとってきたとのこと。最後に、長いことたくさん話して足止めして悪かったね、と。記念に一緒に写真を撮った、15:18。一時間半。長いこと話したなあとは思ったが想像以上だ。先を急ぐ。

(11)15:51、ある踏切を撮ってると、すぐ脇にある倉庫に居た年配の女性が声をかけてくる。「もうすぐ、この列車はなくなるんですよね?」「私も毎日この踏切を通ってるが、なくなると寂しくなるんでしょうね」「私も列車の写真を撮っておきたい、どうやったら上手く撮れる?」などなど。暫く会話する。せっかく写真の撮り方を聞いてはくれたが、私ごときでは、列車に向かって、太陽が背中にある時間帯がいいですよくらいしか言えなかった。踏切に番号がふってあるのに気づいていて、気になっていたとのこと。また、どこから来たと尋ねられ、三重県というと、長男が三重県の四日市市に居るとのことで、双方驚く。

(12)16:16、蒲河駅。集落のすぐ側にあるが、ちょっと高い位置にあり、駅の周りは寂しい。ホームのみ、待合所に屋根があるだけ。自転車置場には数台。集落のすぐ近くのわりには寂しい印象の強い駅。西日が強かった。

(13)17:14、有家駅。駅舎、駅員の居る比較的大きな駅。駅前はバスターミナルになっている。四十代くらいの女性駅員からグッズを購入、これは昨日別の駅で売り切れていたもの。良かった。
 ここでようやく気づく。ここに自転車を置いて列車に乗ってホテルまで帰ればいいことに。そうすれば、明日の朝、またここまで列車に乗ってこれば良い。どうしてこんなことが昨日気付かなかったのか。
 というわけで、帰りのきっぷを買い、ついでに駅構内の撮影。対面式の二面のホーム、先に加津佐方面行きの列車が来た。案外乗り込む客が居た。ここはトイレもちゃんとしていた。

 諫早行きの一両編成に乗る。一番後ろからの眺めを撮り続ける。離れていく有家駅のホームの端には、三脚で撮影する人が見えた。
 既に薄暗くなってきてるので、風景もかなりぶれるようになってきた。18:40頃に諦めた。車内は、五人程度の乗客だった。

(14)南島原駅で降りる。ここで昨日買い損ねたグッズを買うため。窓口は閉まっていたが、駅員が居るので尋ねてみると開けてくれ、販売してくれた。
 この駅は宿の最寄駅ではないが、歩いていける距離なので歩いて行く。

(1)19:19、ホテルに着いた。今日も下の食堂で。少し高めだが刺身定食を頼み美味しく頂く。

 二日目終了、今日は五駅訪れた。あと三日で十一駅、このペースじゃ全然間に合わない。これまでの、観光しながら沿線めぐるという作戦から、とりあえず、終着駅まで駅をめぐってしまってから、引き返しながら観光するという作戦に変更することにする。この方法は効率で劣るが、仕方がない。あと、沿線の人々との会話は、程々の時間で楽しむよう気をつけねばならない。

富山県射水市。

2008/2/21 00:00
2008/02/21

 昨日に引き続き、ホテルで朝食。パンとおにぎりを存分に食べて出発。今日の最終目的地は新潟だが、途中高速を降りてどこか観光することに。射水市にする。

(1)小杉ICから降り、近くにある密蔵寺を尋ねることにする。着いてみると何か雰囲気がおかしい。駐車場は雪で覆われ、とても開いているとは思えない。冬季閉鎖なのかと思いつつ、降りて本堂の方まで歩いていく。途中、境内を雪かきしている人が居て、どういう関係の人かわからないがとりあえず会釈しつつ。建物入り口には、何だか物々しい張り紙がしてあり、無断で立ち入るな、札所は移転した、仏像も別の寺に移したとのこと。ガイドブックにも載っている程の寺なので、どうしたことか不思議に思い、先ほど会釈した男性に話を聞いてみる。深くは聞けない雰囲気だったので、わかったことは、とりあえず、寺としての機能はここにはもう無く、仏像や霊場としての機能は張り紙にあるとおり、蓮王寺という寺院に移したとのことだ。男性はお寺の方ではないようだ。とりあえず、不審に思われていたようで、さっさと立ち去る。この寺の謎は後ほど解けることになった。

(2)気を取り直して、近くの由緒ありそうな神社、櫛田神社へ向かう。駐車場もちゃんとある。広い境内の階段の下では、祖母と孫らしき人たちが遊んでいた。どうもここの神社の方だったようだ。長い階段を上ると拝殿が見えてくる。辺り一面は雪と屋根からの落雪に覆われているが、最低限の雪かきはされている。
 参拝後、御守などが売っている所へ行くが、誰も居ない。珍しい矢の形のおみくじや櫛も売っている。丁度、女性が来たので、神社の方かと尋ねるが、違うとのことで、どうも宮司さん一家と仲の良い方らしい。宮司さんの家は、階段上りきってすぐ右側へ行くとあると教えられる。また、境内にある新しい建物には見事がステンドグラスがあり、見せてもらえるかもしれないと教えてくれる。
 言われた通り、宮司さん宅を見つけ、外で洗車中の男性に声をかける。朱印をというと、家の奥の方に声をかけて、女性を呼び、朱印を書くように指示されていた。戻ってお待ちくださいとのことで、戻って待つ。暫くすると先ほど呼ばれていた女性が現れ朱印を頂くことができた。ステンドグラスの建物については、気にはなったが、こちらから言うのも気が引けたので特に何も言わなかった。
 摂社末社、長い参道を全て見てまわり満足して後にする。

(3)丁度昼時になったので、射水市役所で広域交付住民票を発行。

(4)昼食。市役所前の大きな通りは、ラーメン通りにでもなっているのか、多数のラーメン屋が目に入った。その中の一つ、風林火山へなんとなく入る。ややお高めだが、げんじゃん麺というのを頼む。ピリ辛で胡麻風味、私の好みだった。思っていたよりずっと美味しかった。近所だったら通ってるだろう。総合的満足度は四つ星。

(5)本日のメイン、小杉大仏があるという蓮王寺へ。ここは、午前中に訪れた密蔵寺の機能が移転した寺でもある。訪れてみると、境内は狭くはないが、意外と町の中にある寺院という感じだったので驚いた。だが、千三百年以上の歴史があるそうだ。
 朱印は庫裏を訪ねると、本堂内で待つように言われて頂くことができた。木造の大仏だけでも見応え充分だが、他の仏像も文化財指定されているものがたくさんある。充分見た後、ご住職がそのまま居てくれたので、色々なお話を伺うことができた。このお寺自体の話も充分興味深かったが、密蔵寺の謎がここで解けた。
 簡単に言うと、密蔵寺の前住職が、文化財指定されていた本尊を含め、歴史ある仏像を勝手にどんどん売りさばいて金に換えてしまったそうな。仏像がなくなっていくことを不審に思った檀家に告発され、刑事事件にまで発展したとのこと。当然寺としては維持できなくなったところを、近所で同宗派の歴史ある蓮王寺が機能を引き継ぎ、なんとか売られずに済んだ仏像、大きな不動明王像を新たに本尊として、境内に一寺を建立したということらしい。売られてしまった仏像は出来るだけ買い戻そうとしたものの、戻ってこないものも多数あるとのこと、蓮王寺のご住職は大変ご立腹のご様子であった。先に書いたように、密蔵寺自体も大変歴史あるお寺で観光ガイドに載るくらいの寺だ。信じられない話を聞いてしまった。こんなことがあるんだなと。

(6)というわけで、同じ蓮王寺の中にもう一寺、八葉山不動寺がある。ここに、難を逃れた密蔵寺の不動明王がまつられている。この不動明王は大きかったので売られなかったようだが、中にあった、胎内仏という数センチほどの千体もの仏像は売られてしまったらしい。現在は、不動明王の横に、たった十体ほど残っている。残っているというか、盗品を買ってしまったことに気付いた、良心的な人たちが無償で戻してくれたものだそうだ。
 他にも境内には色々な仏像や史跡があったりする。全て見て満足して去る。

 時間は十六時。もうちょっと観光したかったのだが、妻がもう新潟に向かいたいというので諦めて高速に乗り新潟へ向かい三日間の旅の終了となった。

石川県金沢市。

2008/2/20 00:00
2008/02/20

(1)朝食はホテルで。宿泊者には無料で提供される。パンなどが食べ放題。おにぎりも一部あり、満腹になる。

(2)今日の目的は適当に金沢観光。金沢は妻が学生時代住んでおり、私もその折に何度も訪れているので、有名所は大体行っている。が、とても見切れるものじゃない。ホテルを出て、徒歩で、ホテルから香林坊方面へ、竪町商店街を抜ける。昔、夜歩いた記憶が甦る。

(3)柿木畠を通って、旧西外惣構堀へ出た。金沢城の二重の堀の、外側の堀とのこと。ここが一番南西の部分にあたり、このすぐ内側には金沢21世紀美術館がある。ここ数年で出来た建物なので初めてみた。外からだと、あまり円形だとわからない気がする。

(4)金沢市役所にて、広域交付住民票を発行。

(5)香林坊の交差点へ。ここは割とよく来たので懐かしい。角に香林坊地蔵尊なるお堂があり、中には地蔵がある。こんなのあったかなあと記憶が曖昧。だが、伝説がしっかりある。安土桃山時代、この地にあった薬屋が、香林坊という縁者の僧を婿養子に迎え、それを機に店名をも香林坊と改めた。ある夜、薬屋の主人の夢に地蔵があらわれ、ある目薬の処方を伝える。この目薬により、前田利家の眼病が治ったため、薬屋香林坊は大いに名をあげ、商売繁盛した。夢に現れた地蔵もここにまつった。また、江戸時代になり、大火が起こった時も、この地蔵で火がとまったところから、香林坊の火除け地蔵とも呼ばれる。そうだ。香林坊という変わった地名の由来、長年気になっていたが、あっさり解決して喜んだ。

(6)近くに郵便局があったはずと、記憶をたどっていくと、移転していた。金沢香林坊郵便局、入り口は狭いが奥に長い。旅行貯金、宝印で三種類あった。さらに、ここは忙しい中、他の郵便局の場所を尋ねもしないが案内してくれた。風景印担当の局員も感じが良かった。寄って良かった。

(7)久し振りの尾山神社へ。ここは数年前に訪れ、朱印ももらって、庭も見ているのだが、有名な和洋折衷の神門が改築中だった。それが心残りだった。やっと近くで見られて満足。交通安全守りも買う。

(8)そのまま北の方へ抜けて尾崎神社へ。ここは初めて。ずっと訪れたいと思っていた所。観光客もおらず、一見地味なところだが、かつては北陸の日光と呼ばれた、東照宮。社殿は大層立派なんだろう。というのは、雪囲いであまり見えないため。時間も間が悪く、丁度昼時なので、神職宅を訪ねるのは控える。後でもう一度くることにする。

(9)近江町市場を目指していると、途中で出世地蔵尊という建物が目に入ったので寄る。お堂というには立派すぎる、二階建ての一階に地蔵は安置されている。由来は割愛するが、面白いのは、この地蔵を信仰した人々が出世したからこの名になったのではなく、この地蔵自体の待遇がどんどん良くなっていったことから、出世した地蔵という意味合いから呼ばれるようになったという。このお堂は寺院に隣接しており、その寺院が管理しているようだ。ここも朱印がもらえるかもしれないので、後で来ることにする。

(10)近江町市場は数年前、ちょっと通過したっきり。今日の目的は、ここ井ノ弥で食事をすること。行列というほとではないが、待ちができている。15分くらい結構待ったが、席に通されてからの方がさらに待った。30分ほどたってようやく料理、さすがに刺身は美味しかった。隣で延々薀蓄を語る常連客風な男性はずっと喋り続けてたのが気になった。

(11)そのまま何を見るでもなく、歩き続けると近江町市場を抜けてしまった。ふと見ると市媛神社という神社が目に入ったので、行ってみる。無人かと思いきや、隣に立派な新しい家があり、玄関は境内に繋がっている。訪ねてみると朱印がもらえた。喜んでいたのだが、ここで朝から曇っていたのだが、とうとう雨が降ってきた。しかも結構強かったので、折り畳みの傘を一本しか持たない我々は、神社で暫く雨宿りすることになった。

(12)雨が小降りになった隙に、再び近江町市場へ。入り口に今川焼を売っている店があったので二つほど買う。店と言っても二畳程の小さな仮設店舗のようなもの。丁度、ここらへん、近江町市場の一角が再開発に入っているらしい。

(9)市場内の雑貨屋で傘を購入し、近江町市場を後にする。行きに来た順路をそのままさかのぼり、出世地蔵尊がある寺院、栄昌庵へ。中へ入ると、本堂では丁度尼僧が読経していた。邪魔をするわけにはいかないので、先にすぐそばの尾崎神社へ。

(8)尾崎神社、神職の家を訪ねる。女性が応対してくれたのだが、神職の方が留守で、朱印を書ける者が居ないとのことで、丁重に断られた。平日よりは土日の方がまだ良いそうだが、日中は留守にすることが多いそうだ。というわけで、いずれ、朱印がもらえる日を待ち、その時に充分、境内を見て回ることにする。

(9)三度、栄昌庵へ。今度はちょうど読経が終わったようで、住職らしい尼僧が愛想よく、本堂内へあがるようにと勧めてくれた。暫くどちらから来たとかいう話をして、朱印はやってないと告げられる。去り際にはっさくを三つ渡してくれた。丁重に礼を言う。もう時間も時間なので、閉める所のようだった。朱印は貰えなかったが、愛想の良い応対に和んだ。
 帰ってから調べてみたが、殆ど紹介されていないので、金沢の穴場だろう。ただ、金沢観音霊場の対巌山宗龍寺の朱印はこちらでもらうことになっているようだ。

(13)雨も止まず、妻も疲れたというので宿に戻ることにする。丁度市内の循環バス、ふらっとバスが近くを通る時刻なので、十間町停留所から乗る。あっという間に、乗り継ぎの香林坊・仙石通り停留所で降りる。100円。

(2)ここからまたバスに乗ろうと思ったのだが、妻が歩いてもいいというので、寄り道しながら歩いて帰ることにする。再び竪町商店街を通る。歩いているうちに、妻が美味しい抹茶ソフトが食べられる御茶屋さんがあったはずと思い出す。

(14)野田屋へ。妻は目当てにしていた抹茶ソフトを、私は何か飲みたかったので、煎茶ロックというものを頼む。すっきりした。

(1)ホテルはもう目の前だった。部屋に戻り、二時間ほど休憩。

(15)夜になり、妻の希望で片町まで歩いていき、禁煙席のある居酒屋へ入る。ビールと、純米酒があったので日本酒も。まあまあ満足できたが、隣の敷居、天井あたりから煙が降ってきたのには閉口した。だが、店側が最後に心配りをしてくれたことは評価したい。くじを当てて、51円安くなった。

 22時頃ホテルへ戻る。明日は北陸自動車沿いで、富山県のどこかを観光予定。
前 | 1 | 次

Rottel内コンテンツ

ユーザー一覧

Rottelとは?
利用規約
開発飲料
利用者の声
ヘルプ
close