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愛知県名古屋市中区~北区~江南市。

ブログ | 2009/1/11 23:59
 初心に戻って日記を素早く書きなぐって寝る。

2009/01/11
 今日の主目的は久しぶりの面子との新年会。当初は休日ではなかったのだが、なんとか休みを変更し、一日休みになった。新年会は夕方から。午前中は空いている。会場は江南。名古屋は必ず通る。名古屋駅行くんだったら、なんかしたいことなかったっけ?と思いだした、松坂屋美術館で三国志展をやっている、それを見たかった。のを思い出したので、一日休みに変更してもらった。

 なんとか朝七時半には家を出る。なんか辺りが雪景色になってる。気合をいれて防寒、だが、電車に乗ってしばらくしたら、全く積もってないことに気づく。

 名古屋駅、地下鉄へ乗り換える際に、久しぶりに地下の吉野家へ行く気になる。昔、通勤時にたまに寄った。相変わらず狭い。黙々とみんなが食べている。豚丼を頼もうとしたが、どうみてもメニューにない。仕方なく、牛丼を。食べてる最中、他の客が、豚丼を頼んでいたが、当店は牛丼専門店なのでと断られていた。会計時、スタンプカードをもらう。六杯で一杯無料ってのは、今までのキャンペーンからすると率が悪い気がするが、十杯でのオリジナル丼は惹かれた。三月くらいまで、東海や北陸の吉野家限定キャンペーンのようだ。

 きっぷ売り場、ドニチきっぷとかいうのをえらく宣伝して、臨時窓口みたいにして売っている。600円で市バス地下鉄乗り放題。美術館見終わって、大曽根駅15:30まで時間があるだろう、そうなると、地下鉄に自由に乗れた方が都合がよかろうということで、買ってやることにする。二千円札を出したら、想定外で、しまうスペースがないからかまごついていた。

 栄、一日券なので矢場町までわざわざ乗り換える。10時過ぎ、松坂屋美術館につく。当初、松坂屋美術館って名古屋駅にあると思ってたのが、栄で面倒。前日ようやく知った。
 老若男女。文字通り。ゲームとかの影響もあるのか、若い女性も。アニメか?よくわからない。杖をついてる人も多い。というか、かなり予想に反して、人が多かった。あんまり宣伝してない感じだったので、すいているだろうと思っていたが甘かった。とにかく、プリントアウトした割引チケットを出して800円で入場、すぐさま、音声ガイド500円を。
 最初は三国志関連の美術品展示。じっくり見たいのだが、混んでるのであまりのんびりともしてられない。解説もいろいろあるんだが、超初歩的というか、普通に三国志を知っている人には物足りないというか、目新しい解説がないのは拍子抜けした。まあ、美術品てのは有名武将、有名シーンをモチーフにするから仕方ないか。
 次、現地で発掘されたもの。これはかなり良かった。よく1800年前のものが出てくるもんだ。国家一級品という主張がされている展示品が多かった。日本でいう重要文化財なんだろうか?とにかく、これは良かった。かなり見る価値あり。
 あと、壁に展示されている現地の写真もなかなか目にする機会がないもんなので良い。白帝城の写真は割合見るが、あんなに山の上にあって、広いとは思わなかった。
 五丈原の模型、現地の映像もかなり良かった。五丈原の地形、わかってる人って本当に少ないのでは。すごくわかりやすかった。
 展示最後の方は三国志文化が吉川英治、横山光輝、ガンダム?のように新しく大衆に受け継がれてるというような感じの締めだった。吉川英治の原稿もおおっと見入ったが、横山光輝の原稿、武将のカラーの絵、これは十何年ぶりに密かに感動。
 買い物コーナーでは図録以外に横山光輝関連のグッズを思わず買ってしまった。いや、買うべき。他は、五丈原と定軍山の絵ハガキ、というか、写真を五枚組で売っていた。客はあまりついてなかったが、惹かれて手にとろうとすると、男性店員、これは実際このために現地に行って撮ってきたんですよと。商売っ気があるっていうよりは、本当に好きで行って苦労していってきましたって感じだった。五丈原の現在の様子、やや観光地化されかけてきていることや、私は五丈原は外国人が入れないと思い込んでいたので、そのことを問うと今は入られるとのこと。定軍山はさすがに観光客はなかなか来ないなどなど、貴重な話を聞けた。で、当然買う。
 思っていたよりは規模が小さかったので、13時くらいには終了。

 昼食。吉野家を検索、松坂屋のすぐ西にあることを調べた。いく。やや並んでいる。ちょっと洒落た感じの店舗になっていて、若い女性やファミリーを意識している感じだ。別にせんでいいのに。無事に豚丼、スタンプ二つ目をもらう。

 待ち合わせまでまだ時間があるが、とりあえず地下鉄で移動する。コロプラのお土産でも買いに行こう。名古屋港行ってみようかと思ったが、「ふじ」は2000プラもするようでとても手に負えない。大人しく名城公園で下車、位置登録をするとなぜか大曽根駅になる。「CDのマークのキャップ」を数十個購入。地上に出て名古屋城の置物を数個買う。

 まだ時間があるんで、八事日赤駅へ。地上で「マウンテンの甘口抹茶小倉スパ」を数個買う。14時半くらい。このときはまだ、待ち合わせ時間が15時だと勘違いしていた。なぜか。

 ちょうど15時くらいに大曽根駅着、だが、実は15時半が待ち合わせ時間と気付いたので、まだ時間がある。暫く地下鉄に乗り続けてプラを稼いでもいいが、あんまりそういうこともしたくないんで、とりあえず大曽根駅改札を過ぎる。周りに何かないかとみると、山田天満宮なるものがある。しかも、出口案内で山田天満宮はこちらというようになっている。これは意外と有名なのでは?と、期待しつつ行ってみる。

 すぐ着く。以前はよく付近を車で通ったが、こんなところに、こんな神社があるとは全く知らなかった。で、そんなに広くない神社なのだが、駐車場に入りきらないくらいの参拝客、駐車場整理の人などがいる。びっくり。御守売り場も人がいっぱい、なかなか朱印が頼めなかったが立派な朱印を書いて頂き、交通安全お守りも手に入れた。受験生とその親なんだなとようやく気づく。急いで本殿、摂社などを参拝、写真を撮る。

 15:30、待ち合わせ場所に着く。友人は遅れるとメール。暫く待って車で登場、乗せてもらい、私の他に二人拾う。計四人で鍋材料を買い物し、江南の友人宅、会場へ。

 18時頃着。一番の変化は子供がいたこと。この前忘年会か新年会で来たのはいつだったか、一昨年なのか、それより前なのか。そんな感じで、食材を切ったり鍋を作ったり、人任せにし、私はただ撮るだけ。飲むだけ、食べるだけ。で、あっという間に21時、あまり遅くまで居るわけには行かないので帰る。食材費、六人でわったら一人当たり八百円超、安すぎる。安すぎてびっくり。往復交通費のが遥かに高い。

 21時、江南駅へ送ってもらい、皆と別れて帰る。23時過ぎに無事に帰宅。

 メインというわりには、新年会の記述があっさりしているのは勘弁して頂こう。メンバーへ。寝よう。

長崎県南島原市01。

ブログ | 2008/3/11 23:59
2008/03/11

(1)二日目。朝は七時過ぎにホテルを出る。とりあえず、昨日行ったところまで向かうことになる。深江駅から布津新田駅の間くらいまで。
(2)途中、自転車を借りている小涌園へ寄る。やはり、ギアチェンジができないというのは不便なので、変えてもらう。変えてもらい、今度は試乗をする。大丈夫そうだ。
 ポストを撮りながら南へ南へと向かう。途中のコンビニで朝食は済ませる。

(3)08:35頃、深江諏訪神社へ。昨日朱印が頂けなかったので、再度訪問してみる。今度は神職の男性が出てこられた。暫く待ったのち、無事に朱印を頂くことができた。やはり昨日の夕方は留守にしていたとのこと。礼を言って去った後、境内をうろうろしていると、先ほど応対してくれていた男性は車でどこかへ出かけた。出発前の忙しい時に朱印を書いてもらって申し訳なかったなと思いつつ、出発前に頂くことができて良かったと、ほっとした。

(4)踏切を渡りながら沿線を行く。深江駅を過ぎたあたり、ちょうど小さな橋がかかっているところに来た。列車が来たので撮影。あまり良い出来ではない感じだ。特に、珍しいっぽい列車の方が完全に失敗。

(5)09:37、布津新田駅。集落の中にある駅だが、通りには何の案内もなかった。駅名も駅前から見てはわからず、ホームにある駅名票のみ。駅前は舗装されていない。駅反対側は高い。片面ホームと屋根つきの待合所がある簡単なつくり。
 鉄道ファンと思われる老年の男性が私の後に来る。古風なカメラを持っている。私より先に去って行った。

(6)10:35、線路から少し離れて幹線沿いにある、布津郵便局へ。旅行貯金時、局員と少し会話、今、廃線絡みで旅行貯金の人も多いんですよと。尋ねられるまま三重県から来たと言うと驚かれる。先客で居た、四十代女性もいつの間にか会話に加わって、列車がなくなると子供が困ると言った話や、私がこの後、ずっと加津佐まで目指すというと、いいなーついていきたいと、旅をしたそうにしていた。和やかな雰囲気で会話が弾む。風景印は観光地じゃないからとなかった。去り際にはお気をつけてと送り出してもらう。

(7)11:10、布津駅。ここも集落の中にあり、行き違いのできる広い駅。昔は有人駅だったような感じだ。トイレも待合室内に面してあるのだが、あまり、良い状態ではない。駅ノートが設定されており、地元の小学生が島鉄への思いを書いてほしいと張り紙がしてあった。
 ちょうど列車が来て、数人の学生が乗った。

(8)12:44。短いトンネルかと思ったら、単なる橋だった。それでも、ここは有名な撮影スポットになっているのか、橋の上には鉄道ファンらしき人影が二人ほど。もうすぐ列車が来るようで、鉄道ファンは光がどうとかこうとか話してる。すぐに列車はきた。私も適当に撮影。ファン二人は私に声をかけてくれ、少し会話した。だが、私は写真や車体に詳しいわけではないので、そこまで深い話にはならなかった。
 いつのまにか、鉄道ファンではないような、六十代くらいの男性が現れ、私に声をかける。すぐそこの民家に住んでいる方らしく、この橋のあたりはゴミだらけになって非常に困っていると。掃除したいのだが、鉄道会社に止められてるし、鉄道会社も頻繁には掃除してくれないので困っていると。それを鉄道ファンのせいにするっていうわけではなく、逆に、みんながここを撮りに来るのに、ゴミだらけっていうのが気になるといったところのようだ。昼間は乗客も全然乗っていないし、廃線は残念だがやむなしというような話をお聞きすることができた。
 住民の方と話し終え、鉄道ファン二人は次の列車を待ってるようだった。一言挨拶して去る。先を急ぐ。

(9)13:09、堂崎郵便局。新しそうな局。非常に丁寧な五十代くらいの男性局員が応対してくれた。局名印を見せてくれと言っても戸惑われず反応が素早い。風景印はないんですよと奥の方にいた局長らしき方とほぼ同時に言われる。去り際には二人とも立ち上がって送り出してくれた。

(10)13:36、堂崎駅。集落の中にある。海が近いからなのか、駅前のコンクリートに海藻が干しているからか、磯の香りが強い。昔は小学校の跡地だったらしく、堂崎尋常小学校跡という碑がたっている。ホームは片面だけ、向い側は崖になっている。待合所は屋根があるだけ。自転車置き場は広く、トイレもあるが、簡単なつくりだ。中は見ていない。
 駅を一通り撮り終え、13:44。先へ進もうとすると、駅前に海藻を干していた主らしい、おじいさんに声をかけられる。そこから島原鉄道のみならず、さまざまな話をきけた。先は急いでるのだが、こういうのも旅の一つと、聴き続ける。結構な御年だったと思うのだが、お元気な方で、この干してある海藻も海でとってきたとのこと。最後に、長いことたくさん話して足止めして悪かったね、と。記念に一緒に写真を撮った、15:18。一時間半。長いこと話したなあとは思ったが想像以上だ。先を急ぐ。

(11)15:51、ある踏切を撮ってると、すぐ脇にある倉庫に居た年配の女性が声をかけてくる。「もうすぐ、この列車はなくなるんですよね?」「私も毎日この踏切を通ってるが、なくなると寂しくなるんでしょうね」「私も列車の写真を撮っておきたい、どうやったら上手く撮れる?」などなど。暫く会話する。せっかく写真の撮り方を聞いてはくれたが、私ごときでは、列車に向かって、太陽が背中にある時間帯がいいですよくらいしか言えなかった。踏切に番号がふってあるのに気づいていて、気になっていたとのこと。また、どこから来たと尋ねられ、三重県というと、長男が三重県の四日市市に居るとのことで、双方驚く。

(12)16:16、蒲河駅。集落のすぐ側にあるが、ちょっと高い位置にあり、駅の周りは寂しい。ホームのみ、待合所に屋根があるだけ。自転車置場には数台。集落のすぐ近くのわりには寂しい印象の強い駅。西日が強かった。

(13)17:14、有家駅。駅舎、駅員の居る比較的大きな駅。駅前はバスターミナルになっている。四十代くらいの女性駅員からグッズを購入、これは昨日別の駅で売り切れていたもの。良かった。
 ここでようやく気づく。ここに自転車を置いて列車に乗ってホテルまで帰ればいいことに。そうすれば、明日の朝、またここまで列車に乗ってこれば良い。どうしてこんなことが昨日気付かなかったのか。
 というわけで、帰りのきっぷを買い、ついでに駅構内の撮影。対面式の二面のホーム、先に加津佐方面行きの列車が来た。案外乗り込む客が居た。ここはトイレもちゃんとしていた。

 諫早行きの一両編成に乗る。一番後ろからの眺めを撮り続ける。離れていく有家駅のホームの端には、三脚で撮影する人が見えた。
 既に薄暗くなってきてるので、風景もかなりぶれるようになってきた。18:40頃に諦めた。車内は、五人程度の乗客だった。

(14)南島原駅で降りる。ここで昨日買い損ねたグッズを買うため。窓口は閉まっていたが、駅員が居るので尋ねてみると開けてくれ、販売してくれた。
 この駅は宿の最寄駅ではないが、歩いていける距離なので歩いて行く。

(1)19:19、ホテルに着いた。今日も下の食堂で。少し高めだが刺身定食を頼み美味しく頂く。

 二日目終了、今日は五駅訪れた。あと三日で十一駅、このペースじゃ全然間に合わない。これまでの、観光しながら沿線めぐるという作戦から、とりあえず、終着駅まで駅をめぐってしまってから、引き返しながら観光するという作戦に変更することにする。この方法は効率で劣るが、仕方がない。あと、沿線の人々との会話は、程々の時間で楽しむよう気をつけねばならない。

長崎県島原市01。

ブログ | 2008/3/10 00:00
2008/03/10

 注意、自分に対する覚書なんで、人が読む用に書いてないんで、無駄に長くて面白くもない。ただ、何かしら役に立てられる情報が検索等でひっかかったらと思い公開しておく。

 五日間休みを貰い、長崎は島原へ。目的は今月いっぱいで廃線になる島原鉄道の南の方、沿線を旅すること。

 名古屋から長崎行き高速バスグラバー号車中。カーテンを再三きっちり閉めろと乗務員が言ったにも関わらず、左前の女性は隙間が空いていた。案の定、眩しい光が目を刺す。なかなか寝付けなかった。禁煙の車内、煙草の臭いで目が覚めたのが三度。どうも、トイレで吸っているらしい。振り向いて見えた人影は同一人物っぽかった。こういう人って居るんだと怒りと呆れ。
(1)そういうわけで、浅い眠りのまま長崎入り、七時前に諫早インターで降りる。

(2)歩くこと十五分、西諫早駅に着く。南側から近づくと無人駅のように感じたが、北側は立派な駅となっており、委託らしい駅員も居た。きっぷを買って改札通過しようとすると、駅員は券売で手一杯らしく、私の方に目をやると、そのまま行って下さいといった手振りをした。元々改札業務をしていないようだ。

(3)隣の諫早駅。みどりの窓口でプッシュホン予約している指定席を発券してもらおうとする。だが、発券できないと言われる。どうも、会社が違うからかもしれないと若い駅員は言うが、私もあちらも自信がない。調べるから暫く待ってほしいという雰囲気になって慌てる。乗り換え時間、12分の間で発券できればと思っていたから。プッシュホン予約での受け取りを諦め、新規で同列車が空いてないか尋ねると空いていた。それをとってもらい解決。ただ、本当に、MLながらの指定席券はJR九州で発券できないものなのか、また、どういう制約があるかは把握しておかねばならない。今後。
 券売機で島鉄本社前まで買い、また改札を通り、急ぎ0番線へ。ここから島原鉄道に乗り換えることになる。列車はもうすぐ発車しようとしていた。どうも、ファンに人気の古い車両らしい。キハ20だかそんなの。多分。
 夜行バスが浅い眠りだからか、何度かうとうとするも、ほとんどは起きていられた。前日買っておいたパンを一つ食べる。海を眺めながら、一時間強、島鉄本社前駅に到着。

(4)委託らしい女性駅員が出迎える。親切に応対してもらえた。駅写真を撮ったりしたら急ぎ今晩からの宿へ。

(5)あっというまに宿に着く。従業員に荷物だけ先に置かせてもらえるよう、予め頼んでおいた。パソコンや着替などを置かせてもらう。非常にありがたい。助かる。夜チェックイン時にはレンタサイクルで来ると伝える。

(4)急いで島鉄本社前駅に戻る。島原外港までのきっぷを買う。今度は硬券だった。
 二両編成、鮮やかな黄の列車が来る。二両目に乗る。乗るとすぐに、次の島原南駅で二両目を切り離し、ワンマンになってしまうとアナウンスがある。慌てて前へ。すぐに島原外港駅、降りる時に運転士にも親切な応対をしてもらえてありがたかった。

(6)この島原外港駅から先が廃線になる。即ちここが四月からの終着駅になる。ホーム内をしばし撮影。ここも委託らしい女性駅員、ここでもよく応対してもらえた。構内に、幸せ記念乗車券、幸せを愛しの吾妻へという宣伝看板があった。折角なので買ってみる。お土産に。だが、自分の。

(7)島原外港簡易郵便局へ。ここは、島原港フェリーターミナル内にある。しかも、島原鉄道のチケット売り場の一角にある。カウンターの向こうは同じ部屋。四十代女性局員、局名印を見せてくれと言うとなぜか風景印はなく、日付印のみという説明を受ける。局員の方も言ってすぐ、おかしいと感じたのか、慌てて局名印を見せてくれる。無事に旅行貯金は終了。最後に念のため、風景印は先ほど言われたようにないんですねと確認。
 局写真を撮ろうとしたが、私のすぐ後の女性客が、局員と知り合いらしく長い間話し込んでいた。待ってる間に、構内のベンチで鞄を一つにまとめたり、カメラの位置を工夫したり、動きやすいように準備する。

(8)島原観光ホテル小涌園へ。レンタサイクルを借りられる。実は先ほどのフェリーターミナル内の観光案内所ででもレンタサイクルは借りられるのだが、そこは日をまたいでの借りっぱなしができないと言われ、このホテルのレンタサイクルを勧められた。このホテルには予め、宿泊客じゃなくても借りられるか、日をまたいでの貸し出しも対応できるかを確認済。
 フロントの二十代女性従業員、こちらの要望を伝え、電話で了承をとっている旨を告げると、初めてのケースなのか、確認のために奥へ何度か下がった。だが無事に貸出してくれた。ありがたい。

 10時過ぎに出発。ポストやら踏切やら列車をとりながら南へ。走り出してすぐ、島原も坂の町だと思い知らされる。ある程度、地図でみてアップダウンは覚悟していたが、並じゃなかった。
(9)秩父ヶ浦橋でこの旅初の鉄道ファンを発見。橋の上から下を通る列車を狙うようだ。私は列車目的ではなく風景目的なので、写真だけ撮ってすぐ去る。

(10)10:36。ようやく、最初の廃駅予定の駅、秩父が浦駅に着く。ホームと屋根つきの待合ベンチがある簡単な作りだがどこかのどかな雰囲気。ホーム自体割と新しい感じだ。周りは交通量が多くはないが広い道路、民家、酒屋などがある。ちょうど列車が来た。駅に停車中の列車を撮るより、酒屋の前のポスト越の電チラ写真を撮ることを選んでしまった。おばあさん一人だけ列車に乗った。

(11)行き止まりへ迷いこんだり、公園を通過し、階段で自転車を持ち上げたりしつつ、11:08に島原安中郵便局。四十代男性、丁寧な方で、押す前に局名印をふいたりして綺麗にしてくれていた。通帳に押印後も、ティッシュでインクを吸い取ってくれていた。しかも、ティッシュまでくれて、申し訳ない。
 隣の郵便窓口は三十代女性が担当、奥の方に座ってて急いで向かってきたので、風景印はあるかとすぐに尋ねると、ないと答えられる。やっぱり。無駄にカウンターまで来させなくて良かった。
 古城の写真が展示してあった。どこかはわからないので、たぶん、島原城だろう。

(12)安徳駅を目指す途中、細く古い道を行く。史跡らしき碑、案内が目に入ったので寄る。流死菩提供養塔、島原市指定の史跡。簡単にいえば、江戸時代に作られた、津波による死者への供養塔らしい。

(13)11:34。安徳駅へ。目にしてびっくり、高架駅だった。なぜ高架になってるのやら。長い階段を上り、ホームへ。もちろん、新しい。ホームを撮ったり、この先にある橋を撮ったり、普賢岳っぽい、綺麗に見える山を撮ったりする。
 おばあさんが一人、ベンチで待っていた。目があって会釈されたので暫く話をする。やっぱりここから綺麗に見える山が普賢岳らしい。ここは元々駅舎もあった古い駅だったが、災害のため、高架化したことなどを窺う。また列車が来て、おばあさんを見送ったのち、私も駅を後にする。

(14)長い橋を越え、道の選択を失敗して大回りしていると、島原市安中八幡神社という看板を目にする。行ってみる。境内は島鉄線路ぎりぎりに面している。鉄道ファンが一人、参拝目的ではなく撮影目的で居た。やけに新しい社殿を不思議に思いながらも参拝。残念ながら無人のようで帰ろうとしたその時、一台の車が来た。中からは男性一人、どうやら神職の方のようだ。会釈して声をかける。朱印はないということだが、折角なのでどうぞと、拝殿の戸を開けてもらって中で参拝させてもらうことができた。親切な方で、色々なお話を伺うことができた。この辺りが災害で大変だったこと、この神社自体が数メートルの土砂で埋まったこと、その写真を見せて頂いたりした。最後に折角だからと、全国でも珍しいという、天狗の絵馬、名刺まで頂いた。短い時間だったが、寄り道して良かった。

(15)引き続き踏切を通りながら、水無川を渡る。ここからの平成新山は見事だった。渡りきったところに、列車が一両展示されていた。D37型ディーゼル機関車というらしく、島原鉄道で貨物輸送につかわれ、災害後には復旧工事用の資材を運搬するのに活躍したとのこと。運転席にも入れるようになっているが、暑くて長くは居られない。雨ざらしなので状態はよくない。一部ガラスも入っていない。せっかく残して見せてくれるなら、できるだけ長持ちするような工夫が欲しい。

(16)少し線路から離れ、集落内の簡易局、瀬野簡易郵便局へ行く。立派な石垣の民家、その一部が郵便局になっている。中は狭く、先客が居て六十代くらいの女性局員と親しげに話していた。私が訪れたのをきっかけに入れ違いで去って行った。
 旅行貯金はできたが、風景印は無いとのこと。親切に次に行けそうな局を教えてくれたり、災害の話なども聞けたりした。うちは無事だったが、すぐそこはもう土石流でひどいことになったとか、うちは災害後再開したが、被災してそのまま閉めてしまった簡易局もあるということだった。最後に飴をどうぞとすすめられ、貰っていく。

(17)道の駅みずなし本陣ふかえへ。昼食をとろうかどうか迷っていると、店の中から店員にいらっしゃいませと呼びこまれた。まあ、いいかと入る。あまり金を使いたくなかったが、やはりせっかくだからと、名物らしい豆腐御膳を頼む。やや高いのだが、内容をみると、それほど高くないかもしれない。結構ボリュームもあって、美味しく豆腐を頂けた。

(18)すぐ隣に、土石流被災家屋保存公園がある。簡単に言えば、土石流に埋もれた家をそのまま、公開しているというもの。どの家も一階部分はほとんど土砂にうもっているのだが、つい最近まで生活していたかのようだ。土石流の凄まじさがわかる。千羽鶴がいくつも飾ってあったり、被災家屋に小銭が投げ込まれていた。

(19)14:40。随分寄り道していたが、ようやく瀬野深江駅に着く。ホームに簡単な屋根つきの待合場所があるだけ。周りは民家とビニールハウスが目立つ。自転車はたった一台ホームにあるだけ。
 ちょうどこの駅を撮影していると、四両編成の、島鉄ハッピートレインと書かれたトロッコ列車風の列車が通過した。ただ、なぜか乗客は一人も居なかった。

(20)引き続き沿線を旅する。16時が近づいてきた。ちょっと先に深江郵便局がある。このペースで行くとたどり着く頃には、16時が過ぎて貯金ができなさそうだったので、先に深江郵便局での貯金を優先することにした。急いで自転車を漕ぎ、深江郵便局に15:39着。昔の町の中心といった雰囲気。
 旅行貯金は三十代の男性局員が素早く処理。風景印を郵便担当の二十代女性局員に尋ねるが、全部言い終わらないうちに、ないという返事を頂く。
 最後に局写真を撮るときに、中に他の客が居なかったのに、車が一台停まってて不思議に思っていたら、どこかからか若い男性がやってきて、その車に乗り込んで去っていった。無断駐車だったようだ。

(21)16時過ぎ、寄りたかった神社が近くにあるのだが、今日のうちに行ってしまいたい。先に寄ってしまうことにする。深江諏訪神社。
 思っていたより境内は広く木が多い。この神社の木々が県の指定文化財になっているほど。立派な社殿、由緒もあるようだ。境内に神職の家らしき建物をみつけ、尋ねてみるが誰も出てこない。あらかじめ電話番号を調べていたので、かけてみたのだが誰も出ない。仕方ない、明日以降また来れるなら来よう。

(22)線路に戻り、また沿線を行き深江駅に着く。ここは大きな駅で、委託らしい駅員もいる。女性職員から廃線関連グッズ、一種類しか残っていなかった。買う。愛想はないが、しっかりした対応だった。なんか急いでるとおもったら、構内を撮影している時には帰って行った。
 駅前にには、テレビの取材のような車とスタッフが数人、NHKのようだ。別に私は声もかけられなかった。

 駅を後にする、やや暗くなってきた。NHKは駅の取材を終えて、集落の住民への取材を行っているようだった。私は引き続き線路に沿って先へ向かう。一か所、いいカーブがあり、ちょうど列車が来たので撮る。
 もうこれ以上進む気がしなかったので、ホテルに戻ることにする。18:00。

 自転車だが、割と大変だった。どうも、昼過ぎくらいから、こぐと異音がするし、力が要る。幹線道路を走って帰るのだが、歩道が整備されていないところが多く、怖い思いをした。
 途中で見つけたスーパーに寄り、ビールやら飲料水やら食料を買う。
 自転車を借りたホテルに寄り、調子が悪いことを告げて自転車を交換してもらう。走り出してしばらく、ギアが変わらないことに気付く。何度もクレームつけるのもなあと、一番軽いギアのまま、とりあえずホテルまで帰ることにする。

(23)南島原駅へ寄り、深江駅で品切れになっていたグッズを買おうとしたが、どうも窓口は閉まってるようだったので諦めた。

(5)19:35。ようやくホテルへ。荷物を置いたらすぐ下の食堂へ。ここの食道はボリュームがあって美味しいと評判が良かった。残念ながら喫煙可なので、できるだけ、喫煙者から離れて座る。
 迷ったが特製ちゃんぽんを頼む。700円。ボリュームは悪くないが、多いってほどでもないと感じたが、味は良かった。美味しい。

 部屋に戻りビールを飲みつつ、パソコンでネットをしたり、これを途中まで書き上げたものの、眠くなって諦めて寝る。

 初日の今日、廃止駅20駅中、たった4駅しか行けてない。五日間使えるが、最終日は島原市内、島原城を観光したい。うーん、このペースで大丈夫かと少し心配になる。

富山県射水市。

ブログ | 2008/2/21 00:00
2008/02/21

 昨日に引き続き、ホテルで朝食。パンとおにぎりを存分に食べて出発。今日の最終目的地は新潟だが、途中高速を降りてどこか観光することに。射水市にする。

(1)小杉ICから降り、近くにある密蔵寺を尋ねることにする。着いてみると何か雰囲気がおかしい。駐車場は雪で覆われ、とても開いているとは思えない。冬季閉鎖なのかと思いつつ、降りて本堂の方まで歩いていく。途中、境内を雪かきしている人が居て、どういう関係の人かわからないがとりあえず会釈しつつ。建物入り口には、何だか物々しい張り紙がしてあり、無断で立ち入るな、札所は移転した、仏像も別の寺に移したとのこと。ガイドブックにも載っている程の寺なので、どうしたことか不思議に思い、先ほど会釈した男性に話を聞いてみる。深くは聞けない雰囲気だったので、わかったことは、とりあえず、寺としての機能はここにはもう無く、仏像や霊場としての機能は張り紙にあるとおり、蓮王寺という寺院に移したとのことだ。男性はお寺の方ではないようだ。とりあえず、不審に思われていたようで、さっさと立ち去る。この寺の謎は後ほど解けることになった。

(2)気を取り直して、近くの由緒ありそうな神社、櫛田神社へ向かう。駐車場もちゃんとある。広い境内の階段の下では、祖母と孫らしき人たちが遊んでいた。どうもここの神社の方だったようだ。長い階段を上ると拝殿が見えてくる。辺り一面は雪と屋根からの落雪に覆われているが、最低限の雪かきはされている。
 参拝後、御守などが売っている所へ行くが、誰も居ない。珍しい矢の形のおみくじや櫛も売っている。丁度、女性が来たので、神社の方かと尋ねるが、違うとのことで、どうも宮司さん一家と仲の良い方らしい。宮司さんの家は、階段上りきってすぐ右側へ行くとあると教えられる。また、境内にある新しい建物には見事がステンドグラスがあり、見せてもらえるかもしれないと教えてくれる。
 言われた通り、宮司さん宅を見つけ、外で洗車中の男性に声をかける。朱印をというと、家の奥の方に声をかけて、女性を呼び、朱印を書くように指示されていた。戻ってお待ちくださいとのことで、戻って待つ。暫くすると先ほど呼ばれていた女性が現れ朱印を頂くことができた。ステンドグラスの建物については、気にはなったが、こちらから言うのも気が引けたので特に何も言わなかった。
 摂社末社、長い参道を全て見てまわり満足して後にする。

(3)丁度昼時になったので、射水市役所で広域交付住民票を発行。

(4)昼食。市役所前の大きな通りは、ラーメン通りにでもなっているのか、多数のラーメン屋が目に入った。その中の一つ、風林火山へなんとなく入る。ややお高めだが、げんじゃん麺というのを頼む。ピリ辛で胡麻風味、私の好みだった。思っていたよりずっと美味しかった。近所だったら通ってるだろう。総合的満足度は四つ星。

(5)本日のメイン、小杉大仏があるという蓮王寺へ。ここは、午前中に訪れた密蔵寺の機能が移転した寺でもある。訪れてみると、境内は狭くはないが、意外と町の中にある寺院という感じだったので驚いた。だが、千三百年以上の歴史があるそうだ。
 朱印は庫裏を訪ねると、本堂内で待つように言われて頂くことができた。木造の大仏だけでも見応え充分だが、他の仏像も文化財指定されているものがたくさんある。充分見た後、ご住職がそのまま居てくれたので、色々なお話を伺うことができた。このお寺自体の話も充分興味深かったが、密蔵寺の謎がここで解けた。
 簡単に言うと、密蔵寺の前住職が、文化財指定されていた本尊を含め、歴史ある仏像を勝手にどんどん売りさばいて金に換えてしまったそうな。仏像がなくなっていくことを不審に思った檀家に告発され、刑事事件にまで発展したとのこと。当然寺としては維持できなくなったところを、近所で同宗派の歴史ある蓮王寺が機能を引き継ぎ、なんとか売られずに済んだ仏像、大きな不動明王像を新たに本尊として、境内に一寺を建立したということらしい。売られてしまった仏像は出来るだけ買い戻そうとしたものの、戻ってこないものも多数あるとのこと、蓮王寺のご住職は大変ご立腹のご様子であった。先に書いたように、密蔵寺自体も大変歴史あるお寺で観光ガイドに載るくらいの寺だ。信じられない話を聞いてしまった。こんなことがあるんだなと。

(6)というわけで、同じ蓮王寺の中にもう一寺、八葉山不動寺がある。ここに、難を逃れた密蔵寺の不動明王がまつられている。この不動明王は大きかったので売られなかったようだが、中にあった、胎内仏という数センチほどの千体もの仏像は売られてしまったらしい。現在は、不動明王の横に、たった十体ほど残っている。残っているというか、盗品を買ってしまったことに気付いた、良心的な人たちが無償で戻してくれたものだそうだ。
 他にも境内には色々な仏像や史跡があったりする。全て見て満足して去る。

 時間は十六時。もうちょっと観光したかったのだが、妻がもう新潟に向かいたいというので諦めて高速に乗り新潟へ向かい三日間の旅の終了となった。

石川県金沢市。

ブログ | 2008/2/20 00:00
2008/02/20

(1)朝食はホテルで。宿泊者には無料で提供される。パンなどが食べ放題。おにぎりも一部あり、満腹になる。

(2)今日の目的は適当に金沢観光。金沢は妻が学生時代住んでおり、私もその折に何度も訪れているので、有名所は大体行っている。が、とても見切れるものじゃない。ホテルを出て、徒歩で、ホテルから香林坊方面へ、竪町商店街を抜ける。昔、夜歩いた記憶が甦る。

(3)柿木畠を通って、旧西外惣構堀へ出た。金沢城の二重の堀の、外側の堀とのこと。ここが一番南西の部分にあたり、このすぐ内側には金沢21世紀美術館がある。ここ数年で出来た建物なので初めてみた。外からだと、あまり円形だとわからない気がする。

(4)金沢市役所にて、広域交付住民票を発行。

(5)香林坊の交差点へ。ここは割とよく来たので懐かしい。角に香林坊地蔵尊なるお堂があり、中には地蔵がある。こんなのあったかなあと記憶が曖昧。だが、伝説がしっかりある。安土桃山時代、この地にあった薬屋が、香林坊という縁者の僧を婿養子に迎え、それを機に店名をも香林坊と改めた。ある夜、薬屋の主人の夢に地蔵があらわれ、ある目薬の処方を伝える。この目薬により、前田利家の眼病が治ったため、薬屋香林坊は大いに名をあげ、商売繁盛した。夢に現れた地蔵もここにまつった。また、江戸時代になり、大火が起こった時も、この地蔵で火がとまったところから、香林坊の火除け地蔵とも呼ばれる。そうだ。香林坊という変わった地名の由来、長年気になっていたが、あっさり解決して喜んだ。

(6)近くに郵便局があったはずと、記憶をたどっていくと、移転していた。金沢香林坊郵便局、入り口は狭いが奥に長い。旅行貯金、宝印で三種類あった。さらに、ここは忙しい中、他の郵便局の場所を尋ねもしないが案内してくれた。風景印担当の局員も感じが良かった。寄って良かった。

(7)久し振りの尾山神社へ。ここは数年前に訪れ、朱印ももらって、庭も見ているのだが、有名な和洋折衷の神門が改築中だった。それが心残りだった。やっと近くで見られて満足。交通安全守りも買う。

(8)そのまま北の方へ抜けて尾崎神社へ。ここは初めて。ずっと訪れたいと思っていた所。観光客もおらず、一見地味なところだが、かつては北陸の日光と呼ばれた、東照宮。社殿は大層立派なんだろう。というのは、雪囲いであまり見えないため。時間も間が悪く、丁度昼時なので、神職宅を訪ねるのは控える。後でもう一度くることにする。

(9)近江町市場を目指していると、途中で出世地蔵尊という建物が目に入ったので寄る。お堂というには立派すぎる、二階建ての一階に地蔵は安置されている。由来は割愛するが、面白いのは、この地蔵を信仰した人々が出世したからこの名になったのではなく、この地蔵自体の待遇がどんどん良くなっていったことから、出世した地蔵という意味合いから呼ばれるようになったという。このお堂は寺院に隣接しており、その寺院が管理しているようだ。ここも朱印がもらえるかもしれないので、後で来ることにする。

(10)近江町市場は数年前、ちょっと通過したっきり。今日の目的は、ここ井ノ弥で食事をすること。行列というほとではないが、待ちができている。15分くらい結構待ったが、席に通されてからの方がさらに待った。30分ほどたってようやく料理、さすがに刺身は美味しかった。隣で延々薀蓄を語る常連客風な男性はずっと喋り続けてたのが気になった。

(11)そのまま何を見るでもなく、歩き続けると近江町市場を抜けてしまった。ふと見ると市媛神社という神社が目に入ったので、行ってみる。無人かと思いきや、隣に立派な新しい家があり、玄関は境内に繋がっている。訪ねてみると朱印がもらえた。喜んでいたのだが、ここで朝から曇っていたのだが、とうとう雨が降ってきた。しかも結構強かったので、折り畳みの傘を一本しか持たない我々は、神社で暫く雨宿りすることになった。

(12)雨が小降りになった隙に、再び近江町市場へ。入り口に今川焼を売っている店があったので二つほど買う。店と言っても二畳程の小さな仮設店舗のようなもの。丁度、ここらへん、近江町市場の一角が再開発に入っているらしい。

(9)市場内の雑貨屋で傘を購入し、近江町市場を後にする。行きに来た順路をそのままさかのぼり、出世地蔵尊がある寺院、栄昌庵へ。中へ入ると、本堂では丁度尼僧が読経していた。邪魔をするわけにはいかないので、先にすぐそばの尾崎神社へ。

(8)尾崎神社、神職の家を訪ねる。女性が応対してくれたのだが、神職の方が留守で、朱印を書ける者が居ないとのことで、丁重に断られた。平日よりは土日の方がまだ良いそうだが、日中は留守にすることが多いそうだ。というわけで、いずれ、朱印がもらえる日を待ち、その時に充分、境内を見て回ることにする。

(9)三度、栄昌庵へ。今度はちょうど読経が終わったようで、住職らしい尼僧が愛想よく、本堂内へあがるようにと勧めてくれた。暫くどちらから来たとかいう話をして、朱印はやってないと告げられる。去り際にはっさくを三つ渡してくれた。丁重に礼を言う。もう時間も時間なので、閉める所のようだった。朱印は貰えなかったが、愛想の良い応対に和んだ。
 帰ってから調べてみたが、殆ど紹介されていないので、金沢の穴場だろう。ただ、金沢観音霊場の対巌山宗龍寺の朱印はこちらでもらうことになっているようだ。

(13)雨も止まず、妻も疲れたというので宿に戻ることにする。丁度市内の循環バス、ふらっとバスが近くを通る時刻なので、十間町停留所から乗る。あっという間に、乗り継ぎの香林坊・仙石通り停留所で降りる。100円。

(2)ここからまたバスに乗ろうと思ったのだが、妻が歩いてもいいというので、寄り道しながら歩いて帰ることにする。再び竪町商店街を通る。歩いているうちに、妻が美味しい抹茶ソフトが食べられる御茶屋さんがあったはずと思い出す。

(14)野田屋へ。妻は目当てにしていた抹茶ソフトを、私は何か飲みたかったので、煎茶ロックというものを頼む。すっきりした。

(1)ホテルはもう目の前だった。部屋に戻り、二時間ほど休憩。

(15)夜になり、妻の希望で片町まで歩いていき、禁煙席のある居酒屋へ入る。ビールと、純米酒があったので日本酒も。まあまあ満足できたが、隣の敷居、天井あたりから煙が降ってきたのには閉口した。だが、店側が最後に心配りをしてくれたことは評価したい。くじを当てて、51円安くなった。

 22時頃ホテルへ戻る。明日は北陸自動車沿いで、富山県のどこかを観光予定。

岐阜県大垣市。

ブログ | 2008/2/19 00:00
2008/02/19

 本当は朝から動けたのだが、急な仕事で昼出発。今日の目的は移動。その途中、いつも通過しかしない、大垣市は旧上石津町のあたりを少し見てみることにする。

(1)適当にネットで調べた、時山文化伝承館へ。いつも通っている国道から、結構山の方へそれていく。途中、道路工事の迂回があったり、下調べも適当な分、普段より苦労して着く。
 が、雪に覆われ、ゲートは閉まっていた。冬季は閉鎖なのか。がっかり。

(2)折角奥の方まで来たので、由緒がありそうな神社とか少し見たかったのだが、妻がトイレへと。いつもの国道に戻りコンビニへ。ポストがあったからついでに撮りつつ。

(3)そのまま当てもなく、国道を進む。長彦神社という神社の場所を示す案内板を目にする。寄ってみる。雪で覆われ、無人の神社。予想通り、妻は車で待っていると。
 説明板を見ると、1300年の歴史があると。何気ない、見過ごしてしまいそうな、小さな神社だが歴史あり。雪かきされていない中踏み分けつつ参拝。

(4)さらにそのまま北上。いつも行く国道じゃなく、ポスト探しついでに旧道をいってみる。突如、坂に説明板を見つける。島津豊久奮戦の地(烏頭坂)とある。なるほど、この辺り、この旧道沿いは、関ヶ原の合戦の旧跡地になるようだ。全然知らなかった。
(5)敗走する島津隊のしんがりを務めて亡くなった、島津豊久の墓がここにあるらしい。車道から上の方へあがる階段がある。また私一人で近づいていく。
 立派な碑があるが、墓ではないようだ。入口に、墓とあったのは一体?まあ、ともかく、ここで奮戦したのは確かとして、生死ははっきりしないようだ。ここで手傷を追って、多良あたり、ということは多分さっきの長彦神社あたりまで落ち延びて、自害したという説もあるそうな。

(6)17時近くになったので、長浜ICから北陸道へ乗る。この時間から20時までに降りれば、ETCの通勤割引が効く。というわけで、福井あたりがちょうどよく、そこで夕食をとることにする。福井といえば、迷いなくヨーロッパ軒。普段ならどの店舗へ行こうかなーというところなのだが、今日は火曜日。ほぼ全店舗が定休日。その中でただ一軒空いているところがあるのでそこを目指す。
 福井駅や県庁の近くにある、城町支店、駐車場もちゃんとあってほっとした。広くない店内、客は私達だけ。ミックス丼を頼む。ご飯にはソースがなるべくかからないようにと、つゆぬきならぬ、ソース抜きで。美味しく頂く。客は私たちの他には持ち帰りの客がきたくらいだったが、出前が頻繁にあるような感じだった。

 食べ終わったら急いで高速へ。ETCの通勤割引適用のためには20時までにゲートを通らなければならない。妻のカードに差し替えて無事通過。今晩の宿、金沢西にて降りる。

(7)有名なアパホテル、初めての宿泊。駐車場がやや離れているが無事にチェックイン。片町の繁華街が窓から見えるが、通りはタクシーのテールランプが続くだけで静かなものだった。

 明日は久しぶりの金沢観光。

三重県桑名市01。

ブログ | 2008/2/9 00:00
2008/02/09

 近場の酒蔵へ行く。ついでに近辺を散歩しながら。
 きっかけは、忘年会。地酒とあるので見てみたら、隣の桑名市に酒蔵があるのを初めて知る。これにかなり驚いた。ただ、運転手役だったので、一滴も飲めず無念だった。
 その次のきっかけは、電車の吊広告。その例の酒蔵、後藤酒造場が2/9に一般公開される。その鉄道会社が主催のイベントのようで、参加希望者は指定駅で降りて、後は勝手に一応設定されたルートに従って酒蔵を目指して、適当に帰ればいいようだ。というわけで妻を誘っての参加。

(1)指定スタート駅で下車する。天気は生憎の雪。というか、珍しい。普段は無人駅なのだが、駅員が一人居て、受付を案内してくれる。
 駅前に受付があった。係は三人くらい。マップと抽選券みたいなのをくれた。ちなみに、他に参加者らしき人は見当たらない。天気も悪いしそんなものか。

 要所要所に矢印が貼り付けてある。歩道橋越えたり、農道を渡ったり。そのうちやむだろうと思っていた雪は強まるばかりなので、傘をさす。

(2)員弁川を越えた辺りで、妻がトイレへ行きたいと言う。マップを見ると、トイレマークはかなり先なんだが、「マップに載っていない寺社でお手洗いを借りないで下さい」というような意味の文が載っている。てことは、マップに載っている寺社はトイレを提供してくれるということか。そんなわけで、近くの寺に寄る。
 本堂の左手にトイレらしき建物。ほっとしたのも束の間、鍵がかかって使えない。なんなんだ。マップには目印として載ってるだけなのか?よくわからないが先を急ぐ。

(3)雪はやむ気配がない。それでもポストをチェックしながら行く余裕はある。ようやくチェックポイントと表されている、長谷神社へ。雪の効果もあっていい雰囲気。境内の土の部分には雪が積もりだしている。
 無人のようだが参拝。ちょっと休憩して、境内にあるトイレへ。信じられない。閉まっている。なんなんだ、チェックポイントて。人が居るわけでもないし、トイレも借りられない。休憩場所ってだけか?幸い妻に切迫した様子はないが、この後のルートも、幹線道路から外れているようなので、コンビニも期待できない。

(4)黙々と歩き続ける。雪が道路にも積もりだした。ありえない。日中から積もりだすなんて考えられない。ようやくトイレ表示のある公園に着く。私は利用したが、妻は結局寒そうだからと利用せず。おいおい。というか、ここまで来たら、主目的地の酒蔵はもうすぐ。トイレ設置バランスが悪い。
 フォローしておくが、田舎の集落を歩くコース、その雰囲気自体は良い。幹線道路を最短ルートで歩くよりも。

(5)スタートの駅を出て約90分、感じのいい竹林を抜けた所に後藤酒造場はあった。受付の人に促され、くじを引く。なにやらハズレっぽかったが、私たちが最後の参加者と見なしたからか、ちょっとした心配りをしてくれて、景品が貰えた。嬉しかった。
 私が観光で訪れるような酒蔵の雰囲気とはちょっと違って、本当に実用的な酒蔵という感じ。勿論、酒蔵っぽい古い建物とかもあるのだが、普段は見学に開放してはいないだろう。
 他の参加者らしいのが居るには居るのだが、本当に歩いてきているのかはわからない。別にそれを厳しくチェックされもしないし、される必要も感じない。敷地内には二十人くらい居るだろうか、狭いこともあって賑やかに感じる。これまで二人で雪の中寂しく歩いてきたので一層そう感じた。
 奥の方で甘酒をふるまわれる。たっぷり用意してあり、おかわりを頂く。普段甘酒のまないので、よくわからないが、本物という感じ。ただ、結構甘い。
 酒蔵内を見学。薄暗く、古い感じ。手作り感あふれるが、ちゃんと解説もあって、短いながらも楽しめた。最後に試飲コーナー。絞りたての、山廃仕込の生酒。酒蔵の人がついでくれる。アルコールは20度とやや強く、薄く色がついている。美味しい。が、この時は非売品らしく買えず。
 販売コーナーで、三本くらい買う。特別価格で普段より安いそうな。所望した酒が売り切れたのか、無いと一度は言われたのだが、その後隣の蔵まで行って持って来てくれた。普段は直接買いに来ることもできるし、近所のスーパーでも置いてあるところもあるとのこと。勢いで買ったのはいいが、背負って歩いて帰るのはなかなか覚悟がいる。

(6)酒蔵を後にするころには、普通の道路上に10cm以上の積雪となっていた。酒で暖まったが、ここからゴールの駅まで行くには気力が足りない。そんな時に、ラーメン屋が目に入った。昼食にもちょうど良かったので、飛びつくように入る。
 夫婦でやっているような感じで、他に客は酒蔵で見かけた気がする男性客一人。山ちゃんラーメンという店名の入ったラーメンに餃子を注文。醤油味でやや辛め、すっきりとした感じ。麺は柔らかめ。美味しく頂けた。何より、冷えた体が温まった。

(7)外に出るとあたりは真っ白。車はのろのろ。コースの農道を歩いてると、ふと後ろから男性が四人ほど200mくらい空けて離れてついてくる。何だと思ったら、イベント管理者らしく、ところどころについているコース目印の矢印などを剥がしていってるようだ。本当に私たちが最後の参加者のようだ。気をつかってか、緩やかな私たちのペースに合わせ、決して追いつかないようにしてくれている。私達も大変な日に当たったが、あちらもこんな大雪の日になってご苦労だ。

(8)ラーメン屋から45分くらいで、ゴールの駅に着く。駅員が雪かきをしている。別にゴールしたからといって、何もない。イベント用の受付が元からあったわけでもないようだ。
 それよりも、帰りの列車がちょうど来たようなので急いで乗った。

 車を置いた駅に着いて短い旅は終わり。時間もまだ早いので、近所の行ったことないケーキ屋へ行ってやったり、近所でマッピングしてなかったポストの写真を、珍しい雪景色と共に撮ったりして日が暮れる。

 余談。雪の中、濡れながらも強引に撮り続けた二代目CoolpixE950、途中で調子が悪くなり、それでもなんとか撮っていたものの、翌朝、ご臨終となりました。

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新潟県阿賀野市01。

ブログ | 2008/2/4 00:00
2008/02/04

 妻と義母が瓢湖で白鳥を見て、温泉に入りたいという。妻が珍しく目的地近辺で見たいところを調べていた。そういうわけで出発。

(1)一時間ほどで瓢湖到着。まず隣接する白鳥会館にて餌を買う。湖には驚くほど多くの鴨が居た。白鳥はそれに比べると少ない。多少の観光客、さらにテレビ局が来ている。後で知るが、この時、トラバサミに挟まれていた白鳥が話題になっていたらしく、その取材らしかった。
 ここの鳥たちは保護の観点からか、持ち込んだ餌は与えられず、妻はがっかりしていた。ただ、慣れているようで、鴨達は手から直接餌を食べるのも居る。雌は比較的寄ってくるが雄は来ない。
 白鳥は観光客からなるべく距離をとっているが、餌の時間になると寄ってきた。一斉に集まってくる様は圧巻。
 私は一人、青い丸ポストに歓喜していた。

(2)阿賀野市役所へ観光パンフレットをもらいに寄る。ついでに広域交付住民票の発行。

(3)昼になり、事前に調べていたらしい蕎麦屋へ。つくりは立派で新しいが古いつくりで木造。内部は古い民具に、東海道の絵の屏風など。どうせ蕎麦では満腹にならないからと、特大ざるそばを注文、やってくるまで屏風や民具を見たりする。
 来た蕎麦は、特大というほどではなく感じた。十割らしく、やや固めでつゆが甘くないのは好み。でも、1260円は贅沢。

(4)メインの温泉、村杉温泉へ。露天風呂と屋内があり、露天にまず入ることに。場所がわかりづらく、屋内用の駐車場と同じなのだが、車だと見落としそう。山を上っていくような階段があり、自動券売機がある。300円払って入場。特に誰が見張るわけでもない。簡単な脱衣小屋がある。先客は若いライダー風の二人、五十代の男性一人。温泉は思ったより立派で綺麗。ライダーの二人は出ていったので、残ったのは私も含めて二人。ここは石鹸やシャンプーなどを使用したら駄目らしいのだが、残った男性、普通に使っていたので驚いてしまった。
 湯がかなり熱い。外はかなり寒い。勿論、周りは雪が残っているほど。元々熱い湯は苦手なので参ってしまう。そうこうしてると、先ほどの男性が話しかけてきたので、少し会話をする。地元の方ではなく、初めてとのこと。もう一つの屋内の湯はここより熱い感じがするというような会話をする。それにつけても、この湯熱いですねと言い合いながら。
 風呂を出た時には、既に私にはもう一つの屋内湯の方へ行く元気はなかった。大体、ここより熱いと言うし。

(5)妻と義母はまだ入っているらしいので、その隙に、着いたときから気になっていた、駐車場からの長い階段の先にあるお堂を参拝。薬師堂だ。村杉温泉発見のきっかけになった、夢に現れたという薬師如来をまつっているそう。
 ちょうど参拝し終わると下で呼ぶ声がする。二人が出てきたようで、私は屋内湯はやめておくと告げると、妻はまだ入る気でいたらしく、それなら二人でどうぞと勧めたが結局入らなかった。

(6)駐車場の入口に清水が湧き出ていて、飲めるように整備されている。薬師の清水というらしい。この近辺にはこの清水を含めて七つの清水が整備されており、清水巡りというように観光客に勧められている。この清水めぐりも今日の目的の一つ。最近では珍しく煮沸しなくても飲めるようだ。水をくみにくる人は居なかった。

(7)温泉を後にし、次の清水でもと思っていると、郵便局に通りかかる。通り過ぎるつもりだったのが、義母が貯金していかなくていいのかと声をかけてくれたので、折角なので寄ることにする。村杉温泉郵便局。これは宝印の期待が高い。
 結果からいえば、宝印ではなかったが、風景印はあった。応対してくれた局員は同じ方で、非常に丁寧でありながら、色々話したりして親しみやすい方だった。風景印がちょっとずれて押してしまったと悔やまれてた。
 局内からポストを撮影するのが丸見えになるので、あらかじめ、ポスト撮りますが怪しいことはしませんと、趣旨を説明しておく。

(8)羽黒歓迎塔の清水へ。ここはこの辺りを走ってると目に入るし、目立つのだが、まさかここに清水が湧いているとは思いもしなかった。割と広い駐車場があるのだが、一面雪に覆われている。強引に入っていくも、肝心の水が出ていない。看板が立っている。読んでみると、冬季は消雪に使うので、清水は閉鎖するとのこと。がっかり。

(9)優婆尊へ。ここは安産関係で信仰がものすごく篤い。寺のようだが、高徳寺という別の場所にある寺が管理する、お堂のようなものかもしれない。お堂というには立派過ぎるが。
 安産にちなんだ立派な杉やら地蔵が多数。参拝するが、誰か居そうなのに無人で、朱印を尋ねることもできなかったのが残念。

(10)優婆尊の駐車場の奥に、東屋が見えると思ったら、これが優婆尊御霊水だった。飲んでみる。はっきりわかる。ここの水は鉄臭い。鉄分が多いというのが飲んでこんなにわかるとは。
 最初自分たちだけだったが、すぐに水汲みの人が数人やってきたので譲る。大きなタンクをもってきてたので、先に飲めて良かった。

(11)15時過ぎ、他の清水を訪ねようと、秋取の清水を目指す。が、わからなかった。観光地図は非常に大まかな地図でしかなく、下調べも不十分。何度か近辺を往復するうちに時間も過ぎ、突き当たりで雪に阻まれたりで、すっかりやる気を失ってしまった。

 とりあえず、妻も祖母も目的は達せられたので帰ることにする。本当は近くにあるらしい、地ビールが飲めそうなところへ行きたかったのだが。これは次回。いつになるやら。

岐阜県郡上市。

ブログ | 2008/1/22 00:00
2008/01/22

(1)やはり朝食は朴葉みそが出た。朝から満腹になるまで頂く。
 お見送りは女将さんと、人気の飼い犬二匹。暫く戯れ、女将さんに写真を撮ってもらったりして出発。女将さんはもうすぐ開通する、東海北陸自動車道の影響を心配されているようだった。確かに、開通してしまうとこの宿の前は意識しないと通らなくなってしまうだろう。御母衣湖周辺の道やトンネルは狭く、私もいつも神経を使っているほど。この宿ならリピーターが多そうだから大丈夫だと思う。

(2)御母衣湖周辺の狭い道を抜け、ひるがの高原へ。ここで急に妻が店を指し寄ってほしいというので寄る。たかすファーマーズ、牧場直営の店らしいが私はよく知らない。牛乳やアイスクリーム、試食できたチーズを買う。普段は牧場で働いてるであろう、男性従業員の感じが良かった。

(3)高原から降りる途中、いつも脇目に見る滝がある。やや凍っている感じで、これまで目にした感じと全然違う。降りて撮影。

(4)今日の目的は郡上市近辺を観光して帰れればくらいの軽いものだったので、これまで気になっていたが寄れなかった、阿弥陀ヶ滝へ行くことにする。駐車場まで行って初めてわかったが、そこから1km弱歩かなくてはならないらしく、しかも除雪されていない。ただ、足跡はいくらかついており、行けないこともなさそうだ。妻は当然待ってると言い出したので、私一人で見に行くことにする。
 積雪は30cmくらいだろうか、それでも埋もれることなく順調にゆっくりと進む。途中、土産屋の屋根雪が大量に落雪しており、行く先を阻む。さすがに無理かと思ったが、よく見たら足跡があった。足跡にならいつつ、落雪の山を越える。
 遊歩道の柵まで雪がつもっている。ところどころ雪崩れている。慎重に進み、スタートから20分弱でお堂と滝が見えてきた。素晴らしい眺め、全てが凍っているわけではないが、充分に綺麗。滝つぼに寄ると飛沫が凍って不思議な色を出している。当然かなり寒い。大きな滝なので全景を撮ろうと、川を渡ったり、木に足をかけたりで苦労する。
 折角なのでゆっくりしたいが妻も待ってるし、寒いしで戻ることにする。途中、重装備でストックを持った人とすれ違う。軽装で気軽に来るところではなかったのかもしれない。帰りは早く無事に駐車場へ。

(5)すっかり昼を過ぎてしまった。郡上八幡の城下町へ。郡上市役所へ寄り、パンフレットを貰い、広域交付住民票の発行。

(6)郷土料理でも食べようと、パンフレットにあった店を尋ねる。気軽に訪れたのだが、案内された部屋は囲炉裏端に肘置があるような部屋だった。説明を受けると、懐石のコース料理になると。一番安い蕎麦懐石が三千円というのでそれにする。
 そば湯、そばがき、などなど、そばを用いた料理が出てくる。さすがに美味しかった。妻も満足してるようなんでまあ、いいだろう。箸や器の下にひいてあった、高そうな和紙はお持ち帰り下さいというのでもらって帰る。
 クレジット使えないのは痛い。普段、六千円も現金で持ってないんだがこの時は運が良かった。店構えからすると、賑やかに飾りつけてあり、音楽も流れてるんで、そんなに高級な店に感じないので注意が必要。

(7)一応メインの郡上八幡城へ。建物自体は模擬城だしあんまり興味はない。中の資料は楽しめた。やたらと山内一豊の妻を押していたのが印象的。さすがに山の上にある城なんで眺めは良い。
 だが、一番印象に残ってるのは力石。350kgもある大きな石、こいつを城の修理に狩り出された領民、作兵衛が河原からから背負って、この山の上まで運んできたとこのこと。それを工事奉行が激賞したら、感激のあまり、卒倒して死んでしまったと。奉行は憐れんで、その石は使わなかったと。何も死ななくても。

 17時前、帰ることにする。途中でラーメンでも食べられたらなあと思っていたら、結局うちの近くの中華料理屋へ行った。21時頃帰宅。稀にみる贅沢な旅だった。

富山県南砺市。

ブログ | 2008/1/21 00:00
2008/01/21

(1)朝食は八時前に。朴葉味噌がでた。充分なボリュームで満腹。他の宿泊客、宿の方々に別れを告げてチェックアウト。外に出て見ると、どうも昨晩のうちに少し雪が降ったらしい。これはもう一度展望台に行って見なければ。

(2)同じことを昨日一緒になった、スイス人のお二人も考えたようだ。一足先に、展望台に居た。思う存分雪景色を撮った後、折角なので、餞別に使い捨てカイロを何袋かまとめてあげた。海外では珍しいとかいうのを聞きかじっていたのと、寒がっていたため。お礼にと、昨日も少しくれた、皆が美味しいと絶賛したチョコレートを丸々一本くれた。いい出会いだった。

 今日の目的地は少し富山県側に入り、別の合掌集落へ。道中、二号ポストを多数発見。熱中していると、相倉合掌集落の入口を随分行き過ぎてしまった。慌てて戻る。

(3)朝が早いと居眠りしてる妻をおいて旅行貯金決行、東中江簡易郵便局。ここは一旦はJAが撤退して閉鎖したのだが、近所の現局員さんが皆が困るだろうとがんばって引き継いだそうだ。広い局内は商店も兼ねている。というか、JA跡の広い商店内で、簡易郵便局もやっているという感じか。

(4)平郵便局へ。あまり期待していなかったが、宝印だ。風景印もあった。

(5)相倉合掌集落へ。私は二度目。ここは、集落内を通過する道もなく、静かであまり観光地化されてない印象がある。
 もう昼になっていたので、数少ない飲食店へ。合掌そばというのを食べる。思ったより美味しかった。体も温まり。

(6)相倉民俗館へ。まず一号館。小さいながらも上にも上れるようになっている。実は前回も入っている。

(7)二号館へ。ここでは数人の観光客と一緒になる。紹介ビデオなどをゆっくり見る。前回も思ったが、麦屋節がいい。

(8)外へ出ると雪が結構降ってきた。適当にお土産を買ったあと、相倉集落撮影スポットという看板に釣られて少し上る。徒歩五分と書いてあったが、ある程度雪もあるので五分では難しいだろう。それでも、前回来た時に知らなかった撮影スポット、充分価値はあった。

(9)あっという間の16時前、最後に広い駐車場の隅、集落とは反対側に一軒の合掌造りの土産屋がある。最後に甘酒でも飲みたいと妻が言うので、中へ。座敷にあがり甘酒を一杯頂く。この建物だけ、後から似せて作られたものだろうと思っていたら、お店の人の話を聞いてびっくり、ここも築数百年たっているそうだ。今の広い駐車場の辺りも合掌造りの家が建っていたそうで、どんどんなくなって、この家だけが残ってしまったとのこと。

(10)あとは今晩の宿へ向かうだけ。例によって助手席の妻は寝てるんで、ポストを撮りながら。お金をおろすために寄った上平郵便局、当然窓口は閉まっており、ATMの利用なのだが、ここでびっくり。旅行貯金用に勝手に押して下さいと、局名印が置いてある。こんな局は初めて見た。だが、私は窓口貯金に拘りたいので、使わなかった。

(11)今晩の宿、御母衣旅館。ここは、ずっと前から存在は知っていた。何度となく国道156号を行き来し、その度に大きな看板と、建物を目にしていた。高い、しっかりした宿なんだろうなあとなんとなく羨望の的だったのだが、webから安いビジネスプランがあるのを知り、泊まってみたくなった。というところ。
 女将さんに暖かく迎えられ部屋に案内される。平日で客が少ないからか、居間と寝室というように二部屋用意してくれた。建物は年季がはいっているが綺麗。ただ、廊下には暖房が入っていないので結構寒い。
 先に風呂、割と広く、備品も揃っている。お湯は結構熱め。次に食事。私たちだけ、広い和室に通されての食事。ビジネスプランなので、地物は出ないと聞いていたが、美味しく、ボリュームもあり大満足、おひつでおかわりをする。
 満腹、満足、寝室に移って日付が変わる前には寝てしまった。

岐阜県大野郡白川村02。

ブログ | 2008/1/20 00:00
2008/01/20

 豪雪の白川郷を味わいたい。どうせなら民宿で囲炉裏で。と贅沢な思いつきを実行。先月初めに訪れ、全然雪が無かったので意地にもなりつつ。
 早朝というより、夜中、出発、下道で休みながらいって、ちょうど九時前に着く。順調。

(1)朝食をというか、腹が減ったので何か食べたい。店をちょっと探すが、いまいちピンと来ない。そんな中、あえてモーニングをやってそうな珈琲屋が目に入ったので入ってみる。
 メニューの他に観光客向けのガイドや民話ものっていたりするが、地元の人の利用もあるようだ。国道沿だが静かで落ち着いた雰囲気で良かった。小腹も満たされた。会計時に店主に初めてですか?と聞かれたのは一体なんだったのだろう。まあ、とにかく近所にあったら行ってそうな所。

 肝心の雪は、期待はずれ。確かに降ってはいるようで、田畑は真っ白、除雪された雪もあちこち見られるのだが、合掌造り屋根は地の色が見えているし、道路も路面がちゃんと見えている程度。それでも、撮影旅行のような一団が大勢立派なカメラを携えて撮りまくっていた。

(2)ぶらぶら歩いて、飛騨牛コロッケなるものを食べたりしているうちに十一時。前回、妻が大層気に入った蕎麦屋へ行くことにする。食べてばかりだが、一応昼食になるのだろうか。
 今度はざるそばの大盛を頼む。美味しい、満腹。そば湯も頂く。

 雪だるまやかまくらなどを目にしながら、腹ごなしに少し歩くことにする。城山展望台まで、歩いて15分くらいとのこと。私は車で行ったことがあるが歩きは初めて。
(3)さすがに雪景色、絶景だった。展望台にある土産屋が写真を撮ってやろうという。観光地によくある、写真を撮ってあげるんで、気にいったら買ってくださいというやつ。とってもらったが、いまいち、私も妻も構図が気に入らなかったので、構図に注文つけて撮りなおしてもらって買った。やっぱり山と空はきれいにいれてほしい。
 山頂の土産屋「天守閣」に初めて入ってみた。元々展望台自体、ここの私有地らしいんで、感謝の意をこめて五平餅を頼んだ。結構待たされたが、別段普通。店内はサインや写真など多数飾られていて面白い。

(4)また集落まで歩いて戻り、私の主目的、長瀬家へ。祖先が藩の医師を勤めたこともあるそうで、色々伝わっている。勿論、合掌造り自体も立派。屋根の葺き替えの様子がドキュメンタリーになって放映されていた。大変だなあ、助け合いも。などと感心しつつ。
 囲炉裏端で茶を出してもらい充分休憩して後にする。

(5)適当に歩いていると、岐阜県指定の天然記念物、おおたザクラを見つけた。当然咲いてない。咲いたところを見てみたい。

(6)荻町集落から対岸へは渡ったことがないので目指していると、前回開いてなかった店が開いていた。食べてばっかりだが、食べられそうだったので入って食べる。朴葉みそ定食と肉汁。どちらも一応郷土料理。だと思う。

(7)秋葉神社を参拝。というか、対岸へ向かう通り道になっている。さすが、火に弱い合掌造り。火伏せなんだなあと感心。

(8)ゆらゆら揺れる橋を渡ると、民家園。だが、もう閉まるところだった。時間的にそうだろうとは思った。が、思いがけず、門の脇に一号丸型ポストが居たのでよしとしよう。
 近くの売店でまた妻が飛騨牛コロッケを買って食べて集落に戻る。

(9)これまで何度も前を通っていた酒屋へ。どうも、中で酒を立ち飲みできるらしい。後は宿へ行くだけなので、遠慮なくどぶろくを頂くことに。辛口の名の通り、甘くなかった。これまでどぶろくを見ると甘味を連想していたので、驚きつつ美味しく頂けた。

(10)四時半、普段の旅では考えられないくらい早いチェックイン、大田屋へ。ここは周りと料金などを比較検討し、直接予約した宿。予約日にライトアップはやってないがいいですかと確認してくれて好印象。
 中は狭く、雪囲いのため暗い。部屋は広く、八畳間を用意してもらった。予想通りテレビはない。落ち着くがすることはないんで、17時過ぎには風呂へ。立派な檜風呂。
 18時頃食事へ。囲炉裏の間には、私たちの他に二組四人の宿泊客。右側に外国人の男女、左側には三十代くらいの男性二人。食事をすすめるうちに、左の男性に話しかけられ、それをきっかけに全員で話すようになる。右側の外国人は、英語じゃないなあと思って聞いてたら、スイス人だった。言語はドイツ語のようだ。女性の方が結構日本語ができるので、会話に困ることはそうなかった。たまに通じないことでも、片言の英単語で通じた。一週間くらい休みをとって来ているそうだ。左側の男性二人は登山と写真が趣味の旅慣れた感じの方だった。
 大変美味しかった食事が終わると、どうぞ囲炉裏端でお話下さいと、女将さんの言葉通り囲炉裏端で。男性達の撮りためた写真を見せてもらったり、スイス人のお二人が持ってた、日本のガイドブックを見たり。壁にかけてあった、こきりこ、ささらを触ったり。ささらは、見た目に簡単なのだが、綺麗にシャッと鳴らすのは結構難しい。女将さんが出てきてくれ、軽くシャッと鳴らして一節披露してもらったときは感動もの。手首のスナップが違う。
 楽しく過ごし、写真を撮りあって21時半頃にお開き。テレビはやっぱり要らなかった。部屋に戻ってすぐに眠りにつく。

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群馬県藤岡市。

ブログ | 2008/1/16 00:00
2008/01/16

(1)深夜、カプセルルームで怒号。何か言い争いをしているらしい。勘弁してくれ。
 朝方、頻繁に聞こえてくる、トイレからの嘔吐の声。これにより目が覚める。最悪の目覚め。
 よく寝た気がしなかった。接客とかは別に悪くないが、運が悪いとは思うのだが、充電もできないことを考えれば、漫画喫茶の方がずっと良かった。

(2)今日の目的地は群馬県藤岡市。八高線だ。乗ったことはあるが、途中下車をしたこともない。あと、比較的ポストがマッピングされていない地域。関内駅から、東神奈川、横浜線で八王子、八王子から八高線で高麗川駅へ。駅近くのヤマザキショップで朝食を買う。

(3)群馬藤岡駅に着いたのは11時半過ぎになっていた。想像してたより街だった。駅前にポスト発見、ポスト番号がこのあたりはあるようだ。

(4)まずは藤岡市役所へ向かう。ポストも順調に発見しながら。広域交付住民票をもらう。

(5)それだけで13時近く。次に朱印がもらえそうな富士浅間神社を目指す。歩いていると、ふと、藤岡名物、なっとうラーメンの看板が目に入る。怪しいなあと思いつつ、通り過ぎたが、どうしても気になって戻って入る。外から中は見えず、居酒屋のような雰囲気なので多少入りづらかった。
 狭い店内はカウンター、座敷があり、競馬関係の飾りが多い。主人一人、客は私一人。勿論、納豆ラーメンを頼む。来る。見た目は凄い。だが、美味い。麺をすすると納豆が一緒に滑り込んでくる感覚も面白い。本当、普通に美味しい。会計時にご主人と少し話す。藤岡名物と看板にあるが、よそにもあるのかと尋ねるが、おそらくうちだけでしょうと笑顔で。最初はみんな恐々頼まれるが、実際食べられると評判が良いという話を聞く。なるほど、みんな同じなんだなあと。藤岡自体、ちょっと前までラーメンで盛り上がっていたそうな。私は全然知らなかった。なんにしろ、思い切って寄って良かった。

(6)ようやく富士浅間神社へ。ここは安産のご利益があるそうな。立派な会館に、広い境内、少し高いところに社殿がある。地元らしき人々も数人参拝している。
 お守り授与所があるが、開いていなかったので、直接インターホンで呼んでみる。若い神職らしき方が出てこられれたのだが、生憎宮司が留守にしており、夕方に帰るとのこと。どうしても朱印が欲しかった私は、電話番号を訪ねて後で確認して良いかと聞く。何度も何度も申し訳ないですと、不在を詫びられ、かえって申し訳ない。

(7)神社のすぐ側に、お堂があることに気付く。延命子育地蔵尊とあり、説明板もあった。昔、この地に転任してきた殿様を慕ってついてきた住民が、この地蔵も一緒に背負ってきたのだが、この地で動けなくなってまつったものだそう。子育てにご利益があり、堂内無数にある小さな石地蔵を持ち帰って願って、かなうと、二体に増やして返すという。そういうわけで、石地蔵がいっぱい。

(8)近くに朱印が貰えそうな大きな寺がある。寄ってみると、思っていたよりずっと大きい。庫裏を訪ねるとお婆さん、印だけ押しましょうねと勧めるんで、慌てて丁重にお断りする。どうも、自分はとても字が下手なので、墨書はどうしてもしたくないと。住職がいればしてもらえるそうなんだが、不在がちとのこと。霊場にも指定されている寺なのだが、不在がちというのは困るんじゃないのかなと思いつつも、いずれ、また機会があればと言って辞す。お婆さん、最後に字の練習しなきゃいけないねと、しきりに申し訳ないと。

(9)藤岡緑町郵便局で旅行貯金。ここでちょっとした事件。貯金時に、割り込んできたお婆さんがいた。ご高齢の方によくある感じで、別に悪気がないようなので腹も立たなかった。杖を落としたりしてたので、拾ってあげたりしてた。
 貯金を終え、局を出たところで、駐車場から出ようとした車がグシャっと異音を立てた。そのお婆さんのシルバーカーを轢いてしまった。気付いたと思うのだが、そのまま行ってしまった。このままじゃお婆さんが困るだろうと思い、局へ引き返し事を伝えた。轢かれたシルバーカーは車軸が曲がっており、お婆さんは当然困っていた。どうにか押して帰ることはできそうだが、一苦労だろう。
 五分くらいしただろうか、当のおばあさんのシルバーカーを轢いた女性が戻ってきた。お婆さんに謝ってはいるのだが、大変急いでる様子で、いくらぐらいかかったかを尋ねると、数万円渡して何処かへとまた去ってしまった。私もなんとかお婆さんが押して歩けるようだったので見送って去った。

(10)16時前、日が傾いてきた。あまり期待していなかった、藤岡諏訪神社、着いてみると充分大きい神社で、会館や社務所もある。中に入り、女性から御朱印を頂くことができた。
 少し高くなった社殿を参拝、変わっている、狛猫みたいだ。摂社、末社もいくつかある。広い庭もある。大きな池の水は一部凍っていた。そんなに寒く感じない日だったのだが。

(11)諏訪古墳。これの上に、藤岡諏訪神社の社殿が建っている。柵に覆われてはいるが、石室の入口が見え、状態は良さそう。

(6)17時前、もう観光も限界に近いので、先ほどの富士浅間神社に電話をかけて、宮司さんが帰宅されたか伺う。申し訳ないがまだとのこと。仕方がないと諦めようかと思ったが、安産お守りくらいは買って帰ろうと、再び目指す。
 今度は授与所に先ほど応対してくれた男性がおられた。安産守りを買い求めると、やはりまだ帰ってないと、しきりに謝られてしまった。これも縁なので仕方ない。また来よう。

(3)17時過ぎ、群馬藤岡駅。22時に東京発の夜行バスで帰るのだが時間がある。東京の友人を呼び出して居酒屋といういつものパターンも考えたが、金も厳しいので、昨日意外に良かった漫画喫茶へ行くことに。

(12)西川口駅前、目に入った松屋で食事。

(13)そのまま漫画喫茶へ。なんと昨日の利用でたまったポイントがそのまま使えていくらか安くなると。良かった。90分ほど休み、その間に、昨日の栗橋、今日の藤岡で見つけたポストを一つずつマッピングしておく。先を越されぬよう。

(14)22時前、無事に東京駅へ。名古屋行きの高速バスは着いていた。前回、別会社ではあるが、似たような価格で、ひどい目にあったので、相当な覚悟をもって臨んだ。だが、乗ってみると、明らかに前より良い。シートも良ければ毛布もついている。何より良かったのは、乗客が全部で十名ほどで、隣に誰も座らなかったこと。前の乗客がカーテンを少し開けていて眩しくて寝付くのに時間はかかったが、ぐっすりと、あっという間の名古屋だった。こんなに眠れるとは。前回との差に愕然としつつ旅終了。

埼玉県北葛飾郡栗橋町。

ブログ | 2008/1/15 00:00
2008/01/15

 旅好きな友人が、今期は18きっぷが二日分余るというので、買い取った。二日間でどこへ行こう。とりあえず、ポストをマッピングしていて気付いたのだが、埼玉県と群馬県はあまり観光していないようだ。そういうわけで、独りで行くことにする。どうせなら、ポスト未マッピング率が高いところで降りよう。

(1)前日よりMLながらに乗り、五時前東京着。まずは西川口駅へ行く。ここで久し振りに会う友人夫妻と朝食をとりつつ、18きっぷを売ってくれた代金を払う予定。
 駅員に改札印と下車印をお願いする。丸い印は見つからないのか、四角いのでと。本当に下車印がないのかなあとも思ったが、まあ、以前貰ってるだろうしいいかと流す。まだ夜も明けきらない西川口駅の東口、改装後は初めて見るかも。

(2)下調べしていた時間つぶし用の漫画喫茶は西口だったが、東口にもあるようなのでそちらへ行くことにする。一応の禁煙席もあり、まあまあ良い感じ。友人夫妻が駅に着くまで一時間ほど待つ。

(3)約束の七時になったので外に出る。少し遅れて着きそうだというので、その間に近くにポストがないか探す。どうせこの辺のはマッピング済だろうなあと思いつつ、二つ見つける。後で知ることになるが、このうち一つは何と未マッピングだった。そういうこともあるもんだ。

(4)ともあれ、10分ほどして友人夫妻が自転車で登場、合流。奥方=友人MPが前から目をつけていて、入りたかったという珈琲屋へ行く。モーニングのパンがお替りし放題という。着いたが、七時半オープンらしい。仕方ないので店の前で二十分ほど喋りながら待つ。
 MPの話では、以前はもっと食べ放題をアピールしていたとのこと。だが、今はそのうち消えそうな扱いになっていたが、食べ放題というか、食パンとかのお替りし放題はやっていた。パンを何枚も食べながら久し振りの近況報告、旦那=旅人CMにお金を払ったり、勢いでポストマップの話をしたりする。案外ウケが良かった感じだが、まあ、やらないだろう。
 私は急ぐ旅でもなく、CM達も用事は午後のようでのんびりと、11時まで歓談する。

(5)駅でCM達と別れ、今日の目的地、栗橋駅へ向かう。ここはマッピング率の高い埼玉県にあって、数少ない空白地。駅員は親切な方で好印象、下車印も無事に貰える。駅は思っていたより立派で新しい感じ。東武との共同駅らしい。駅前ポストを早速取得。

(6)駅前すぐに、静御膳の墓はある。敷地は広くないが、立派に祀られている。手水場まである。由来、解説は詳しい。地元、自治体に大事にされているようだ。整備されて新しい感じがする。

(7)あっという間に昼を過ぎていた。栗橋町役場へ向かうことにする。まあまあ遠い道のりを、なるべくポストがありそうな道を歩くが成果はゼロ。二十分強で着き、記念の広域交付住民票を発行。観光パンフレットがあったのでもらっていく。なんと栗橋は七福神ならぬ八福神霊場がある。下調べで知ってはいたが、観光パンフレットがあるほどとは思っていなかった。歩いて行ける範囲にはあるが、何しろ時間がないので、今回は下手に行かないことにする。いつか行きたい。

(8)栗橋郵便局着。ここまでも、ポストがありそうな道をと歩いたのだが、ゼロ。まあいい。気をとりなおして旅行貯金。貯金担当局員、印を押すのは緊張するからか疲れると苦笑。風景印も貰えるには貰えたが、郵便担当は一人だけで、5,6人並んでて、急がないと待っていたら二十分くらいかかった。しかも、ゆうゆう窓口には安い年賀葉書があると掲示されていたのに、この郵便担当局員に言っても通じず、普通の年賀葉書しか買えなかった。ゆうゆう窓口とここまで業務が違って、知識も違うものなのか。

(9)向かいのコンビニで簡単な食事。店員の女性、物凄く感じがいい。ローソンパスに楽天クレジットを出すと、ローソンパスのポイントを楽天ポイントにも変えられるのご存知ですかと。知らなかった。あんまり感じがいいので、断りをいれて、店内ポストを撮影させてもらった。取集時刻の表記がないので尋ねた所、明確にお答え頂けた。最後には、ご苦労様ですと送り出され恐縮する。

(10)八坂神社を目指し、細い道を歩いていると、由緒ありそうな地蔵堂を見つける。子育地蔵尊とある。今から250年前から安置されていて、地元民に大切にされてきているっていうのまではわかったが、それ以上の伝承がわからず残念。

(11)ついに見つけた。一号角型初期型。これはマッピングされていない。

(12)八坂神社。結構広い境内。一段高い所に、摂社、末社、本殿や受付がある。受付に声をかけるが誰も出てこられないので、社務所へ。社務所にはおばあさんが出てきたが、受付に居るだろうと、また受付へ。強めに呼ぶと、おじいさんが出てきて朱印を無事頂けた。
 拝殿の彫が見事。変わってるのは、狛犬ならぬ狛鯉。私が境内に居る間、近隣の方々だろうか、子連れで四組ほど参られては帰っていかれた。崇敬篤いんだなあと感心。

(13)すぐ近く、利根川の堤防に、栗橋関所跡はある。割と詳しい解説板はあるが、碑を残すのみ。

(14)下調べで、電話番号を持つ神社で行けそうな所は駅の西側にある。一先ず駅まで戻り、自由通路を通って西側に出る。やや歩き、千勝神社へ。残念、無人。無人だが、摂社、末社が少しあり、本殿が赤く彩色されていたりと珍しい。学生の下校時間らしく、ひっきりなしに、境内を横切っていく。どうも近くに中学だか高校があって、駅への最短経路がこの神社内を通過するものになるようだ。

 キリが良かったので、予定より少し早いが栗橋観光を終える。駅から次の目的地、横浜は関内駅へ。数年ぶりにあう友人HSとの待ち合わせ。

(15)18時前に無事合流。HSの若干の見た目の変化に驚きつつ、下調べしておいた和民へ。和民は禁煙席があって安いのでお気に入り。HSと知り合って随分になるが、二人で飲むのは初。飲み食いして楽しかったが、あまり遅く帰すわけには行けないと、23時前には関内駅まで送り返した。

(16)カプセルホテルにチェックイン。ここは驚くほど激安。駅からも至近。良かったら今後御用達となるのだが。果たしてどうか。
 ベッドの側面が空いているカプセルは初めて。たったそれだけの違いで、落ち着かないものだ。で、やっぱり、コンセントは無い。カプセルは安価だが、コンセントが無いというだけで、かなり弱ってしまう。
 明日はそれほど早く出る気も必然もないが、風呂入ったらすぐに寝てしまった。

三重県多気郡多気町。

ブログ | 2008/1/13 00:00
2007/01/13

 珍しく日曜日に一日だけ休み。本当は掃除でも手伝おうかと思っていたのだが、珍しく妻の方が外出したがった。なにやら昨日から調べていると思ったら、いちご食べ放題と動物園に行きたいとのこと。元より外出は私の望むところ。行き先は多気町の五桂池ふるさと村。

(1)出発して車で二時間強、十一時過ぎに着く。ビニールハウスの前に受付がある。支払って中に入る。他に客はまあまあい居る。主に家族連れ。思っていたよより大きく美味しい苺だが、満腹になるほど食べる気はしないので、程々で。練乳も渡されるが断った。やっぱり要らない。十分甘い。

(2)隣が動物園、花と動物ふれあい広場。入園券を買って入る。地元の農家の人っぽい方が、動物の餌用にと野菜を売っている。妻が買っては、兎に与える。それの繰り返し。あまりにも買うんで、おまけをしてくれる。うさぎが飽きたら他の動物。
 モルモット、ヤギ、羊、ミニブタ、ダチョウ、鴨、孔雀。殆どの動物に餌を与えることができる。次に熱中したのは猿。どうにかして不利な小さい猿に餌をあげようと投げつける。次は鹿。ツキノワグマにもあげられる。アライグマは前足で餌をキャッチするので見た目がいい。ライオンには餌をあげられなかったが、ひたすら猫のようにじゃれていた。そんな感じで思ったよりも動物がいた。花はよくわからないが。
 一点残念だったのは、中央に小さな観覧車がある。寒いのもあってか誰も乗っていない。しかも、乗るのに三百円もかかる。これじゃあ乗らんよな。だが、そこを敢えて乗りたかった。今乗らないと二度と乗れないかもしれない。と、言った所で妻の了解は得られなかった。
 最後に一番反応が良かった兎と戯れて終わり。

(3)園を後にし、昼食。側に食堂がある。数量限定の土地のものに関する定食があったのだが売り切れ。仕方ないので、伊勢うどんを。まさかここで食べられるとは思っていなかった。大量の鰹節、つゆはごく少ない。やや甘め。

 さらに隣で野菜の直売をやっている。こういうのは妻に任せる。何やら買って五桂村ふるさと村を後にする。

(4)残った時間を観光につかう。下調べしていないのでよくわからないまま、近長谷寺という寺が近くにあって、大層な仏像があるっていうことなんで行ってみる。行ってみた。山道をかなり登ったところで行き止まり。ここから先は徒歩、というか、山道を歩くようだ。階段になっている。杖が用意されている。雪も降ってきた。妻は満足して寝てる。この山道を歩かせるわけにはいかないなと諦める。
 帰って調べると、確かに、その先に寺はあると。若い人なら五分程度。立派な仏像は確かにある。が、無人らしい。まあ、いつか見に行こう。

(5)携帯から調べて、すぐ近くに前村の大クスというのがあるらしい。とりあえず見に行く。なるほど。かなり大きい楠。根元には神社がある。楠のすぐ側をJRが通る。なかなか凄い。由来は古く、南北朝から。南朝派の忠臣にまつわるもので、里の者がそれを記念して大事にしてきたものらしい。

(6)妻が寝てるんでポストでも探そうとしていたら、良さそうな神社を見つける。降りようかどうか迷ったので、携帯で調べてみると、電話番号もあるようなので、大きい神社と見当をつける。妻を起こして神社の森の中へ。思ってたよりずっと由緒がありそうな雰囲気。小さいながらも伊勢神宮の雰囲気を少し感じさせる。伊勢神宮から賜った灯篭なんかもある。
 社務所があり、明かりがついている。来客中らしいが、ちょうど客が帰る頃で、受付の女性に朱印をお願いすることができた。社務所の玄関に御守が売っていたのでそれも購入。丁寧に応対してもらった。
 社殿を参拝する。拝殿には墨で書いた一句が置いてあり、自由にお持ち下さいと。一つもらって帰る。やっぱり神宮の別宮のようなつくり。ゆっくり参っていると、先ほどの女性は原付で帰るところだった。ぎりぎりで朱印を貰えたようで良かった。
 御神木は夫婦杉というようで、立派に社と一緒にまつられている。最後にそれを参って終了。暗くなってくる。

 お互いいいバランスで休日を過ごせて満足。欲を言えば、近長谷寺を探して行って、諦めた時間が勿体無かったが仕方ない。

新潟県新潟市西蒲区03。

ブログ | 2008/1/4 00:00
2008/01/04

 昼過ぎから始動。今日も独りで出発。十四時も過ぎてるんで、どれだけ観光できるかわからないが。昨日までに行けなくて心残りだったところへ行けるかどうか。というわけで、三日続けて越後七浦シーサイドライン、旧巻町へ。

(1)この三日間何度か往復した北国街道、目についていた寺があった。観光化されてないし、真宗大谷派らしいから寄ろうかどうか迷っていた。迷ったら行った方が後悔しないと、思い切って寄ることにした、景清寺。
 越後観音の霊場ということは知っていたので、朱印が目的。庫裏を尋ねるとおばあさんが出てこられた。お願いすると書いてくれるといい、その間本堂を参られたらということだった。朱印を書きながらか、観音様はその厨子の中にいらっしゃいますと声だけ聞こえてくる。なるほど、秘仏のようだ。当然、見えない。書き終えられ丁重に頂き、暫く話を伺う。
 まずは、観音様は数センチほどのほんの小さなもので、寺号の通り平影清という武将に由来するものだそうだ。本当は千手観音らしいのだが、何しろ小さいからか、昔は馬頭観音と思われていたようで、近隣の人もそのように呼んでいたとか。年に一度の御開帳日には遠くからも人々が訪れるとのこと。そのお姿を写真にしたものがあり、持っていると交通安全に良いとのこと。長いこと話し込んでたら、最後に頂けてしまった。私のような流れ者が頂いてしまって、何だか申し訳ない。
 おばあさんはどうやら正式な住職ではないそうだ。先代は既に亡くなっており、どなたも後を継がなかったもので、無住職の寺として存続しているそうだ。少ない檀家の法事には親戚のお坊さんが来てくれるとのこと。貧乏寺と笑っておられた。こんな状況だが、無住の廃寺ではなく庫裏にはご家族が住んでらっしゃるので、越後観音の札所として応対してくれているらしい。浄土真宗で札所というのは聞いたことないと言うと、おばあさんも、そうでしょう、よく皆さん驚かれますと。色々面白い話を伺えた。丁重に礼を言って去る。

(2)次は三根山藩庁跡。といっても、広い公園にいくらか石碑があるのみで、藩庁舎自体の遺構はないようだ。米百俵で有名になった長岡藩。その米百俵を贈ったのが、支藩であるこの三根山藩ということだ。米百俵の立派な碑もある。例の総理よりずっと前につくられたもののようだ。

(3)すぐ向かいには、藩校の入徳館跡がある。跡といっても、現在は野外研修場場として利用されているようだ。建物は元々入徳館小学校だったものだろう。とりあえず誰も居なかった。また、新潟市指定天然記念物の「旧入徳館小のたぶの木」がある。

(4)藩庁跡の案内板には、他に縁の地として三根山神社というのが近くにあるらしく行ってみる。着いてみると、三根山神社はあるのだが無人のようだ。すぐ隣に、峰岡大神宮という小さいながらも立派な神社もある。こちらは神職の方の住まいがあるようで、訪ねてみた。女性の方が出てこられ、快くご朱印に応じてくれた。この峰岡大神宮は、この地方の伊勢神宮の代理として機能を果たしているとのこと。隣の三根山神社は三根山藩の神社とのことで、一緒に管理されているようで、そのご朱印も一緒に頂くことができた。
 狭い敷地ながら庭園や立派な舞殿もあり風格を感じさせる。

(5)すぐ隣の三根山神社。こちらの方が敷地は広いのだが、特に説明書きもないので、何も知らないと普通の神社と思ってしまう。ただ、敷地内で丘のように盛り上がっていて木が茂っている部分があり、何かの跡なのかもしれない。既に16時半近くになって暗くなりつつもあり、登りはしなかった。三根山藩牧野家との由縁はなんだったかよくわからずじまい。

(6)では、いよいよと、新潟市西蒲区役所へ向かう。三日間の観光記念に、広域交付住民票を発行してもらおうと。窓口に尋ねると、今日は新潟市全域でメンテナンス中で、住基ネットを落としているとのこと。申し訳ないが、また月曜以降にお越し下さいと、申請用紙だけ渡される。次に来られるのはいつになるやら。がっかりして去る。

 日も暮れて戻る。短い時間で朱印は三つ。満足。

新潟県新潟市西蒲区02。

ブログ | 2008/1/3 00:00
2008/01/03

 引き続き新潟県新潟市よりの出発。今日は昨日朱印帳を預けた寺に受け取りに行かなければならない。また一人で外出しようかと思っていたら、妻と義母がついてくるという。その方面へ出かけるならついでに、弥彦神社へ行きたいとのこと。白山神社の二年参りで初詣は済んでいるのだが、古い札とかを焼きたいとのこと。

(1)昨日、越後七浦シーサイドラインの奇岩を観たのだが、帰って調べたところ、どうも一つ雷岩というのを見落としていたらしい。というわけで、昨日と同じルートをたどる。なるほど、雷岩の案内板を見つけることができたが、他の岩と違って、案内板は一方向からしか、即ち、北上する方向からしか見えない。道理で見落としたわけだ。
 昨日岸の題目を観るために停めた場所になんとか停めて歩いて近づく。妻達は車中で待っているという。あった。雷岩というが、岩という感じではなく、岩肌に穴が開いて、波が打ち寄せているという感じだ。名前の由来は、その際に起きる音が雷鳴に似ているかららしい。うーん、そこまで凄い音はしなかった気がする。

(2)続いて寺を目指す途中に、清水が湧いているらしい。地図に載っている。かなり大まかなようで、近辺を何度か往復、わき道にそれてようやく見つける。弘法清水。地元の方々に大切にされているようで、綺麗に整備されている。
 妻と義母も降りたものの、そのままでは飲めないとの表示にがっかり。私は一口だけ頂く。すぐに地元の方らしき人々が水を汲みにやってくる。大きなタンクを持参している。声をかけられたので少し話す。やはり、飲み物に使うと味が違うと。違う気がすると。なんだか半信半疑でも、気分の問題で汲みに来ているという感じで微笑ましかった。

(3)すぐ近く、昨日「ごりんの滝」という案内があったのを見つけていたので向かう。車で山の中へ入っていくのだが住宅分譲地みたいな所にでて暫くうろつく。雪に覆われた小道を発見、多分これかと私だけで降りて行く。すぐに案内票を見つけ、階段を下る。これまたすぐに滝を観られる。あまり大きな滝ではないが、いかにも滝らしい形、上部の岩など趣がある。惜しいのは、下部にある、黄色いチェーン。なんのためか。

(4)滝からすぐ近く、滝と共に案内が出ているのが、ごりん石。由来はここらに松尾芭蕉が立ち寄り句を残したから、誰かが大きな岩に彫ったということらしい。いつの時代のものかが案内票ではよくわからない。彫られた文字は風化がすすんでいるが、確かに何か彫ってあるのはわかる。

(5)また近くに清水があると地図にある。これは案内表示もあり、割と簡単にたどりつけた。平沢清水とある。かつては北国街道の名所と謳われ、また、石器時代から使われているのだろうと推測している。近年、生活用水に引水したことにより、湧出量が減っていると。見た目は透き通っており、かなり綺麗なんだが、ここもそのままでは飲むなとのこと。

(6)まだまだこの近辺には観てみたいところがあるのだが、約束の正午になったので、このへんで諦め、昨日朱印帳を預けた一山寺へ伺う。妻たちは真昼なのに何だかうとうとしてるので、車においておく。
 庫裏を訪ねると、昨日の女性が出てこられる。礼を言って朱印帳を受け取る。暫く話をしていると、奥から住職らしき男性も出てこられ、尋ねられたまま、三重から来ただの、菩提寺という案内があるから寄ってみただの、暫く話して辞す。
(7)さて、墓地へ。越後長岡藩の支藩、三根山藩牧野家の墓へ。初代から十二代までの墓がある。十一代だけは青山墓地、十三、十四代は多摩墓地とある。もっとも、十四代は平成六年没とあるので、今後こちらに墓が増えることはないようだ。どの墓も、これまで見てきた菩提寺の殿様方の墓より随分小さい。が、格式は感じられるつくり。

(8)ようやく主目的の弥彦神社へ。が、渋滞している。さすがは越後の一宮、市内の白山神社を抑えて県下一の参拝者数は伊達じゃない。なんとか眠気をこらえつつ、誘導された弥彦競輪場の駐車場へ。これまで何度も弥彦神社には来たが、こんなに遠いところからは初めて。
 ようやく妻達も起きて参拝へ。参道の出店でこんにゃくを買って食べたり、人の流れについていく。境内にも出店はたくさん出ており、天候があまりよくないながらも参拝客は多い。やっとのことで、古い札などを燃やすところへ。相変わらず、その火に、竹竿のさきにするめを吊るしてあぶっている人多数。毎年見る度に驚かされるが、この新潟県だけの風習なのだろうか。
 あとは本殿へ参拝、おみくじひいたり、破魔矢買ったりして一通り終わり。

(9)ちょうど雨が降ってきて、少し休みたいとのことで、いつも行きたいと思っていてなかなか行けなかった、神社前にある喫茶店へ初めて入る。お土産屋の二階、そんなに広くない店内、すぐに座れたが、すぐに待ち客ができた。
 抹茶とシフォンケーキが好みということもあり、コーヒーがつく抹茶シフォンケーキセットを。あまり甘くなく、コーヒーも美味しく満足。最初つぶあんが付いてきた時にはどうしようかと思った。
 ここで妻が偶然友人と会った。広い県内なのに世間は狭い。
 階下は土産屋。暫く見る。ここには看板猫がいる。普段は通路に丸くなってるがこの日は寒いのか、レジカウンターの奥、電気ストーブの前で丸まっていた。

(10)帰りは弥彦神社の鹿園前を通って駐車場へ向かう。まだ雨も降っているので、雨にうたれている鹿達は泥にもまみれて寒そうで哀れ。奈良で見る鹿よりここのは小さいことに気付く。

(11)帰り道、食事をとってないことに気付き、適当にラーメン屋へ。スープは背油が入っているがすっきり、つるつるとした柔らかめの平たい縮れ麺、ややしょっぱめだが美味しかった。餃子はかなり大きめ、焦げめがついており肉はたっぷり。総合満足度は四つ星。

 この後、妻や義母の希望でカラオケ行ったり、映画観たりはしたが旅としてはここまでで。

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新潟県新潟市西蒲区01。

ブログ | 2008/1/2 00:00
2008/01/02

 新潟県は新潟市より。暇に耐えられなくなり、一人で外出。遅い始動の昼前。なんとなく旧巻町の方面へ行こうと思い立つ。

(1)ちょうど昼なので、ガイドブックに乗っているラーメン屋に寄る。グリーンいわさきという変わった名前の店だが、入るとすぐ靴を脱ぐラーメン屋も珍しい。結論だけ言えば、ラーメンも餃子も美味かった。特にギョーザは、大きくて中にはスープがたっぷり入っている。総合満足度四つ星。最初空いていた店内も、時間が経つにつれ満席に。

(2)この辺りのドライブで好きな、R402の越後七浦シーサイドラインへ。すぐに、妙光寺という案内看板が目に入り、行ってみる。
 思ったより広い寺で、由緒ある寺だった。山門は古いが本堂などの建物はかなり新しく、作りも今風。庫裏らしきところには若いお坊さんがいらしたので、朱印を頼む。最初、既に書いてあるものでいいかと言われたのだが、できるだけ、朱印帳に書いたものが欲しいと駄々をこねると、住職らしき方が接客中らしかったのにも関わらず、出てきてくれたので恐縮する。嫌な顔一つせず、少し世間話をしつつ書いて頂く。正月だからか、お土産まで頂いた。
 簡単に言うと、日蓮が佐渡に流される際に、まず近くのこの海岸に漂着し、それに因んだ旧跡が色々でき、さらにそれらに因んで、この寺ができたということで大まかにはあってると思う。勿論日蓮宗。
 庫裏内から本堂まで、そのまま拝観できるというので拝観。本当に新しくてお寺という雰囲気とはかなり違う。数々の仏、本尊に参拝。
(3)広い境内の奥、新しい共同墓地を越えると、日蓮がここらに漂着した際に岩に書きのこしたと言われるものもまつられている。「岩の題目」というらしい。

(4)寺を後にし、少し離れた場所にある、岩屋という旧跡へ。ここは前述の日蓮が住みついていた七面大蛇を退治というか、帰順させたと伝わるところ。寺からそれほど遠くはないものの、誰も居ないだろうと思ったら先客が居て驚く。参拝客かもしれない。
 岩穴はなかなかの迫力。内部は本当に暗い。はっきり言えば不気味。さらに賽の河原のように積まれた石がそれを加速させる。奥には石仏がいくつかまつられている。不気味だが、霊地なんだから、まあ、大丈夫だろうということで突入していたが、後で知ったことでは、ここは有数の心霊スポットらしかった。確かに不気味ではあったが、廃屋とかならともかく、なんだか腑に落ちない。

(5)さらにシーサイドラインを進む。ここを通る際、前々からずっと気になっていたものがあった。車を停め、そこまで歩いていった。日蓮の像だった。なんか仏像のようなものがあるなという認識だった。で、なんでこれがここにあるかというと、ここが「岸の題目」がある場所だそうだ。要するに、日蓮が漂着した場所そのもの。図らずして、岩の題目に続き、岸の題目の旧跡を訪れたことになった。他に、伝説では「波の題目」という荒れた波の上に書いたという題目があるらしいのだが、波なんで、旧跡としては存在していないんだろう。多分。
 補足するが、日蓮像が置かれている場所はシーサイドライン沿いで、海面からは結構高い。道路が今の場所に通ったときに作られたようで、当の題目は、道路のずっと下の岸にあるそうだが、とても見に行けるものではないと思う。ずっと下にある、昔の道路だか遊歩道は崩壊していた。

(6)さらにシーサイドラインを走る。走っていると気が付くのだが、「○○岩→」というように、数度案内板が立っている。だが、ここを走る車は結構なスピードで流れており、また、路駐もできるような状況ではないので、とてもゆっくり見ることができない。この日、ようやく本腰をいれてゆっくり鑑賞することにする。
 適当な駐車スペースをなんとかみつけ、歩いていく。まずはくぐり岩。なるほど、海水が岩をくぐっている。岩というか、崎という感じだが。

(7)次に立岩。これは車からでも横目に見れないこともない。じっくり眺めるが、確かに変わった岩といえばそうなんだが、もう一つ、由来かなんかが欲しい。

(8)最後は俵岩。これには困った。どれを指しているのかわからない。先客でカメラマンが居たのだが、これは絶壁の鳥類でも撮ってるらしく、俵岩を撮っているのではないようだった。なので、尋ねもしなかった。
 どうやら、これかと思える、俵のような岩があったので撮る。間違ってるかもしれない。正しい俵岩をご存知の方、是非教えて欲しい。

(9)地図をみると、近くの集落に、文化財指定されている住宅があるらしい。見に行く。
 篠原幸三郎家住宅というようだ。そこまで行くのに、集落の細い道でちょっと苦労した。2号ポストがありそうな雰囲気だったが見つけられず。
 肝心の住宅は、茅葺の古い民家。今は誰も住んでいないらしい。残念ながら中には入れなかった。入れる時があるのかどうかはわからない。近所のおじいさんにちょっと不審な目を向けられたが気にしないことにする。

(10)シーサイドラインを離れ、集落内を走っていると、ふと説明板のある神社があるのに気付く。寄ってみる。船山神社といい、弥彦神社の境外摂社らしい。祭神は弥彦神社の主神の孫にあたると。由緒ある神社だが小さく無人。当然朱印もなし。

(11)すぐ近くに、三根山藩主の菩提寺があるという案内板を目にする。行ってみる。一山寺という古そうなお寺。庫裏を訪ねると女性が出てこられる。あいにくご住職は留守とのこと。朱印帳を預からせてもらえれば、朱印は書けるとのこと。暫く悩んだが、朱印帳を預かってもらうことにする。明日もどうせ暇なので、明日の昼頃取りにくると。暫く世間話をし、親切に応対してもらえ良かった。朱印帳を預けるケースは初。

(12)16時、そろそろ観光も限界。温泉にでも入ろうと、地図上を探す。湯之腰温泉というのが近くにあるようなので行ってみる。
 近くになっても案内がないので、通り過ぎてしまった。引き返し、注意深く、入口と思われる林道に入る。湯之腰温泉の方角を示す案内表示を見つける。さらに奥へ行ってみると、車がそれ以上進めない場所にでる。周りにはなんにもない。なんにもないというか、瓦礫、昔、建物があったんだろうなという跡はあった。場所はまず間違ってないので、廃業されてしまったようだ(後で調べると、やっぱり廃業されているようだった。が、なぜか立派なHPが今もある。謎…)。

(13)がっかりして、別の温泉へ。福寿温泉、じょんのび館。ここはかなり大きな施設で、駐車場もいっぱい。ここは、過去一度来たことがあるのだが、その時の同行者、妻と義母が、人の多い温泉は嫌だと却下されてしまい、入ることができなかった。私としては、駐車場の車の数なんて、施設規模もあるし、実際風呂場に居る人数が推測できるとは思えないのだが。
 ともかく、私一人なんで躊躇せず入ることに。値段で躊躇しそうになったが。結果、結構満足できた。風呂場もそれなりに広いんで、混雑感は全くない。脱衣所だけちょっと窮屈だったが。風呂や、滅多に入らないサウナも良かったし、驚くほど遠くへ歩かされる露天風呂も良かった。充分のんびりする。ただ、やっぱり料金が高めか。最近安いとこしか行ってないので余計にそう思うのかもしれない。

 駐車場にでて18時。妻から何度か着信があったようだ。掛けなおすと、食事にでかけることになったから、帰ってこいと。出かけるときに、何時に帰ってきても構わないというから、私はまだこれからコーヒーでも飲んで、そこの評判のケーキでも土産に買って、ラーメン食べて帰ればいいかぐらいに思っていたので、ちょっとがっかりしつつ、旅を終えることとなった。それでも、昼から動いた割には結構満足できた。朝からだらだらせず、とっとと動けば良かった。

兵庫県三木市02。

ブログ | 2007/12/25 23:59
2007/12/25

 三日目、最終日。昨日に続き、朝食バイキングを平らげチェックアウト後、三木市へ向かう。今日の目的は純粋に観光。

(1)まずは三木市で一番大きそうで、朱印が期待できる大宮八幡宮へ。受付で朱印をお願いすると、書いてる間に境内を巡ると良いとのこと。広い境内を隅々まで見る。本殿、大宮天満宮、他、末社を全て終えてから朱印帳を受け取る。
 のんびりじっくり見てたので、あっという間に昼に。

(2)昼食をとることにする。昨晩、ひたすらさまよったあたりをまた探す。目についたラーメン屋に適当に入る。八角というチェーン店のようだ。残念ながらあんまり口にあわなかった。隣の席が煙草を吸いだしたのには閉口した。まあ、客が悪いんじゃなく、ランチタイムも喫煙可能であるこの店が問題。すっかり気分が悪くなり急いで食べて出る。客は結構多かった。

(3)三木市役所にて広域交付住民票を発行。市役所、新しくて大きくて綺麗。

(4)昼時も過ぎ、高源山雲龍寺へ。ここは別所長治と夫人の首塚がある。庫裏を尋ねるとご住職が丁寧に応対して頂けた。無事に朱印も頂ける。三木城、合戦の資料も頂けた。他にも詳しいお話も伺えた。負けた城主の菩提寺というものは、普通残らないなど、言われて納得。
 首塚は駐車場近くになるので、帰りに寄ることにする。

(5)そこから歩いて三木城へ。町並み、川、鉄道などが見渡せる。本丸跡はさらに高くなっているが、碑があるのみで静か。城跡内には説明板が多く設置されわかりやすい。昨日から感じていたが、領民に非常に慕われていたのか、秀吉に滅ぼされたことに非常に同情的だ。今でも、兵糧責めされた城主を偲んで、藁を食べたという言い伝えより、命日に藁に見立てたうどんを食べる祭りがあるそうな。家臣の助命のために、自分の妻、弟の首を差し出したというところも日本人に好まれそうな話。

(6)城跡すぐ側、というか、城跡には金物神社、金物資料館がある。金物神社自体は無人のよう。古式鍛錬場という、昔ながらの鉄を打つ所を実演する場所がある。実演というより、神事という感じだ。金物の町、三木では重要な場所だと思われる。資料館は残念ながらしまっていた。

(7)戻って、別所公の首塚へ。寺には先に参ったが、首塚はまだだった。真新しい花が供えられ、立派に、手厚く二人の首が葬られているようだ。

(8)市街地へ。酒蔵があるらしく訪ねてみた。稲見酒造。中には自由に入れるものの、誰もおらず、事務所へ来いとあるので訪ねる。中には三人ほど従業員の方々がいて、忙しそうにしている。酒を買えるかと訪ねると買えるというので、適当に純米酒を買う。試飲できればするつもりであったが、あえて、自分から言い出すのは憚られたのでやめた。肝心の酒はまだ開けてないので味はわからない。

(9)稲見酒造からすぐ近く、別の酒蔵を見つける。入ろうとするが入れない。のれんはかかっており、「福乃太」という銘柄が書かれている。裏側にまわると、飲食店になっていた。どうも、町並み保存の為か、酒蔵の見かけを残したまま、裏で飲食店を開いているようだ。つまり、酒蔵としてはもうやってないのか(帰って調べた。福太醸造という会社らしいが、同じ場所で確かに存在はしていたようだが、現在はどうなっているという情報がよくわからない)。
 当然、酒など購入できなかった。

(10)日が暮れてきて、道の駅みきにて仮眠。また高速代を安くあげるために、夜遅くに移動するため。
 仮眠後、施設内にある、はりまやというレストランで食事。道の駅の施設の割には、20時前まで開いていてがんばっている。客は我々以外に一人だけで寂しかったが。ヘレカツ定食を満腹食べる。

(11)とりあえず高速に乗り、三木SAで時間潰し。明日の朝用にとパンを買ったりする。22時近くになってようやく出発。

 名阪国道で23時過ぎに、工事渋滞にはまるとは全く予想外だったが、なんとか、仮眠を繰り返し6時前に帰宅。
 主目的も果たせ、観光もでき良い旅となった。温泉に入れなかったことが心残り。また、うっかり旅行貯金を一局もしてなかった。三木にはまだまだ見所があり、見きれなかった所が多いので、いずれまた訪れたい。

兵庫県三木市01。

ブログ | 2007/12/24 23:59
2007/12/24

 二日目。ホテルで朝食バイキングを済ませ、また北上。三木鉄道の続き。クリスマスイブだろうと三木鉄道。

(1)別所駅。古い駅舎がある。これもおそらく大正時代。当然の無人駅。あたりには民家も多い。ちょうど列車が来る時間になったらしい。どこからともなく、ぱらぱらと三人ほど愛好家が来て、駅に停車中の列車を撮っていた。なるほど、この古い駅舎と単行列車は画になる。

(2)高木駅へ。周りは住宅地になっていた。これまでの集落というよりはやや新しい感じ。路駐も気軽にできないので、少し離れたバイパスの高架下へ停める。勿論、駅の駐車スペースなど一台分すらない。ホームだけの簡素な作り。

 あっという間の正午。私はまだ全然腹は減ってないが、この後、三木駅へ行って、列車に往復乗車することを考え、近くのスーパーで軽く昼食を買う。売ってるものがクリスマスっぽく、クリスマスなんだなあと改めて感じる。

(3)地図で確認できた、最後の橋梁へ行ってみる。高木川。うーん、前日の橋梁より小さい。というか、側溝一つといった感じ。列車待つほどのものではないなと判断し、去る。

(4)三木駅到着。つくづく短い路線だなと感じる。終着駅の雰囲気がある。周りも寂れてはいないので、この駅がなくなってしまうと随分寂しいだろうなと思う。ただ、ここへ来る需要ってなんだろうと思えてしまうのも確か。もうちょっとがんばって、神戸電鉄と接続できていれば、或いはと思えないことはないが、沿線をじっくり巡ってみると、役目は終えている感じがする。これまで、色んな廃線前の沿線を巡ってみたが、ここほど廃線反対の意思表明を感じない路線は初めてかもしれない。
 最初で最後の駅員配置駅。駅車内には写真などが展示され、魚が飼われている。グッズが売られていたので、適当に購入する。応対してくれた駅員は、愛想がない感じだった。対応態度が悪いわけではない。

 ここから厄神駅まで往復乗車する。乗客はわりと居た。足が不自由なおじいさんが二人居て、車両を眺めたり、懐かしがってるような会話をしていたのが印象的。
 私たちは列車の最前部で立って景色をおさめようとしていた。運転士が来た時に、ここで立ってて邪魔にならないかと確認をし、遠慮がちに立って発車を待つ。乗客の中で記念乗車らしき客はほとんど居ないようだったが、一人、小学生くらいの子供がうるさかった。鉄道知識をずーっと口走りながら、私の前に割り込んで来る。あー、子供は遠慮がないから鬱陶しいなー、走行中に障害になるだろうなーと不安を覚えつつ出発。
 ほとんど無事に撮影できたが一箇所、上述の子供が割り込んできて、撮影に非常に支障があったところがある。なんでも、駅間が数百mで、非常に短いところがあって、その知識をひけらかしたいのだろう、口走りながら私を押しのけて前面のガラスにびったりひっついた。こういうとき、腹が立つのは、その子供に対してではない。近くに居る男親。いかにも愛好家らしき氏は何も言わない。言わないから子供は平気、これが大人になる。と悪循環を見た気がした。

(5)ともかく、厄神駅。みんな折り返しで帰るのかと思いきや、多くの客は接続の加古川線に乗り込んだ。これには驚いた。思っていたより、需要があるようだ。例のおじいさん達はやはり往復乗車らしい。私たちは列車前で撮ろうとしていたら、他の愛好家が先に撮ろうとしてたのでどいた。撮るのを待ってたら、「撮るんだったら先に撮ってどいてほしい」みたいなふうに言われ急かされる。何だか必死だなあと感じる。早々に撮って車内へ、今度は座って帰る。

 車窓から見ていると、よくわかったが、よくある過疎地の駅っていうのがないんだなあと。のどかな風景を眺めつつ、あっという間に終着、三木駅。何枚か存分に撮影して去る。

(6)主目的も終わったので、観光へ移る。といっても、15時近くなんで、一箇所が限度か。あらかじめ貰っておいた、観光パンフレットを見て、三木城主、別所長治の墓を見に行くことにした。虚空山法界寺。先に庫裏を訪ねると、男性が出てこられる。だが、寺の者ではないと言う。朱印をもらえるかと訪ねると、住職が帰ってこればとのこと。その間に長治公の墓所をと勧められる。
(7)墓所には立派な長治公の像がある。お堂になっていて、中は見えない。妻も同じく自害しているので一緒に葬られている。胴体だけ。お堂の下には殉死したと思われる家臣の墓がある。
 それでも時間があるので、車内で三十分ほど待つと、住職が帰ってこられる。妻を車内に残し、庫裏を訪ねると、先ほどの男性が出てこられ、実は朱印は、やってないそうだ、知らなかった、無駄に待たせて大変申し訳ないと何度も謝られる。そのまま見送りについてきてくれ、その際に、この寺は水戸黄門の撮影でも使われたことがあるんですよと教えてくれた。なるほど、立派な石段のあたりは使われそうだ。

 戻ると妻は寝ていた。時間も16時前で中途半端。起こさず適当にポストでも探すことにする。途中、郵便局で偶然取集に出くわす。ちょうど、出しそびれていた年賀状を渡す。快く引き受けてくれた。

(8)観光パンフレットに、知られざる荒城と紹介されている神社がある。大歳神社というらしいが、そこにその名を示すものはなく、寂れた社がある。周りは確かに土塁が残っており、城跡だと言われればなるほどとわかる。後で調べると、石野氏館と通称されているようだ。この神社がなかったらとっくになくなってそうな城跡。

(9)17時半頃、レーヴ・ダムールというケーキ屋へ。ここはあらかじめ妻が探してクリスマスケーキを予約しておいたところ。本当は20時前に取りにいくと行ったのだが、時間があったので行った。まだできてなかった。こんなにぎりぎりまで作ってるのかと逆に感心。

 食事するところを探してさ迷う。どこもいっぱいだったり、気が向かったりでなかなか決まらない。
 さ迷うこと二時間、再びケーキ屋へ。今度はできていた。

(10)19時半、ようやく空いてきた。諦めていた、くら寿司へ入る。いちいち声をかけて注文しなくてすむシステムが気に入ってる。

 宿へ戻ってケーキ、スパークリングワインで飲食。味はやや甘め。チョコレートは美味しかったが。二日目終了。

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三木鉄道
稲継 泰朗

兵庫県加古川市。

ブログ | 2007/12/23 23:59
2007/12/23

 三木鉄道へ。無くなる前に訪れようの旅。

(1)前夜より高速で、兵庫県三木市へ。まずは道の駅・みきに到着。仮眠、休憩後、洗面、朝食。何か少しでも土地のものをと思い、神戸ぼっかけカレーなるものを頼む。すじ肉と蒟蒻か。ちょっと高めかも。
 三木は刃物が有名とのこと、二階に売場がある。妻は爪切りが欲しいというので購入。
 秋まつり屋台という模型があった。この前、観音寺で見た、ふとんの太鼓台によく似ており、ふとん屋台と呼ばれているそうな。山車にも地域性があるのかと感心。

(2)さて、三木鉄道は厄神駅。ここはJRの加古川線の駅でもある。というか、そっちのが主体。加古川線は乗ったことあるのだが、通過しただけでは記憶になかった。入場券は要らず、改札を通り、3番ホームが三木鉄道。線路はJRに繋がっていない。昔は繋がってたそうだから、勿体無い気がした。
 跨線橋となる自由通路はワックスをかけていた。滑りそうで怖かった。

(3)沿線の集落を行く。ちょっと高くなった所に大きな木と鳥居がある。文化財マークの看板が目に入ったので近寄る。
 「国包の築山」と言う場所らしい。元々、浸水に悩まされていたこの土地に、大阪で成功した、この地区出身の商人が私財を投げ打って人工的に作った丘とのこと。二百五十年も前のお話。その後築山神社ができたとのこと。ここにある大きな木は二本の榎が一本の椋をはさんで生えてて、遠目には一本に見える。これも樹齢二百三十年くらいとのことで、加古川市指定文化財。

(4)その集落にある駅、国包駅。周りは住宅が多い。小さな駅舎だが、昔は有人だったのか、そのようなスペースがある。今は勿論塞がれている。

(5)宗佐駅。駅舎はない。周りに民家はまあまああるが、民家より広い田んぼの方が目に入る。

(6)狭い道を抜けて下石野駅。このあたりはちょっと線路が高く、駅も高い。駅舎は無い。ここも集落はあるものの、見渡すとほとんど田んぼ。

(7)石野駅、初めて駅舎らしい駅舎に出会う。なんでも大正時代とか。有人駅を偲ばせる跡があった。また、ここで行き違えたのであろう、向かいのホームの跡もあった。トイレはあるが、使いたくない。このトイレも大正生まれらしい。建物財産票が貼ってあった。

(8)どこかの橋梁で写真を撮りたかったのだが、生憎大きい川がない。地図上で一番大きな川らしい、花尻川。なんとか撮れたのだが、水がない。まあ、いいか。

(9)西這田駅は集落からわりと離れている。すぐ側に会社建物があるくらい。周りは田んぼ。脇を通っている道路の交通量は多い。だがかえって駐車スペースもないので利用しづらそう。

(10)さて、14時半くらいなのだが、ここから今晩から二泊するホテルへ急がなければならない。駐車場は客室90室に対して、9台分。しかも一泊数百円とられる。これが、先着順。停められなかった場合、近くの有料駐車場を紹介されるようだが、一晩で千円超えるらしい。というわけで、渋々15時に間に合うように行く。駅前だから仕方ないかと言い聞かせつつ。
 結果、二台目くらいだった。

(11)チェックイン後、昼を食べてないことに気付く。適当に近くのサイゼリヤへ。何故かビールを飲む。

(12)妻がケーキを食べたいというので、適当に近くのケーキ屋へ。

 近くのスーパーで適当に食べ物を買って、ホテルに戻って食べる。ケーキは美味しかった。

 そんな感じで適当に一日目終了。
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